「私、コミュ障なので…」と自称する人、いますよね。最近は、コミュニケーションが苦手なことも個性のひとつとして認めていこう、という風潮になってきています。が、一方で、「人見知りなので」「察してほしい」という姿勢は傲慢では?という意見もあるようです。
■受け手には厳しい日本の「察し文化」
コミュニケーションを研究している筆者が一番に思いついた理由は、日本独自のハイコンテクスト文化、いわゆる「察し」のコミュニケーションスタイルです。
例)
「今日一杯どう?」…… 今日飲みに行きませんか
「月末はちょっと」…… 月末なので(忙しいorお金がない)行けません
日本人なら不思議に感じないこれらの会話も、比較的ストレートでわかりやすい表現を使う傾向がある国(スイス、ドイツ、アメリカなど)の人が聞いたら困惑するかも知れません。
場面や状況、文脈を重視する傾向にあるという日本のコミュニケーションスタイル。そこに曖昧文化が加わって、受け手には高い読解能力が求められます。相手と上手に意思疎通するためのコツとは?
もっと詳しく知りたい方はコチラ>>「あれ、どうなってる?」… 日本ならではの「察し」コミュニケーションの弊害
■「私、人見知りです」というメリット、デメリット
「人見知りなので…」といったように、あらかじめ前置きしておくのは「セルフハンディキャッピング」と言われる行動のひとつです。そもそも「人見知り」「朝に弱い」などの前置きには明確な根拠や基準もないのではないでしょうか。
この行動のメリットは、あらかじめ言い訳を作っておくことで、失敗のショックを和らげられること。確かに人見知りと宣言しておけば、初対面の人に「話しかけたほうがいいだろうか?」と逡巡することもありません。うまくコミュニケーションをとれなかった場合も傷が浅そうです。仮に上手く話すことができた場合「人見知りなのにも関わらず上手く話すことができた」と自分をより評価する材料にもなるでしょう。
メリットがある一方で、実力を発揮しにくくなったり、人見知りを克服するチャンスを逃したりというデメリットもあります。そもそも人見知りは克服する必要があるのでしょうか?
もっと詳しく知りたい方はコチラ>>「私、人見知りで…」は失礼? “1億総コミュ障時代”のサバイバル術
■コミュニケーションが苦手でも電車で席を譲れるようになる
「どうぞ座ってください」
席を譲られることに対し「立ってくれた人に悪い」と感じる人も多いです。本当は座りたい場合でも、反射的に断ってしまうこともありますし、相手を慮って断ってしまうケースもあります。でも、断られると傷つきますよね。そこでオススメなのが「どうぞ座ってください」という声掛けです。依頼型のフレーズなので、譲られる人の「悪いな」という負債感を軽減する効果が期待できます。コツは声掛けのタイミング。立ちあがる動作の途中で言ってしまうのはNGです。しっかり席を立って、歩き出しながら言うくらいが良いでしょう。
断られたらどうしようという気持ちから、自分から声をかけるのは難しいもの。電車で席を上手に譲れるようになったら、そのほかのシーンでも応用ができそうです。
もっと詳しく知りたい方はコチラ>>【決定版】シャイな人でも電車で席をサクッと譲れるようになるフレーズ&アクション