今年1月、政府は子どもと一緒に仕事をする「子連れ出勤」を後押しする考えを表明しました。宮腰少子化担当相は、子連れ出勤を採り入れている授乳服メーカー「モーハウス」を視察し、「全国に広めていけたら」という考えを語っています。政府の後押しがあったとして、現実的に「子連れ出勤」は具現化できるのでしょうか。保育士であり、一児の母でもある相原里紗さんにご意見をうかがってみると、
保育士としても母としても、現状では難しいだろうと思っています。モーハウスさんは今まで試行錯誤し続けてきたからこそ今の姿がありますが、全ての会社で実施できるとは到底思えないからです。
という厳しいご指摘が……。なぜ難しいのか、まずは保育士視点での理由を詳しく聞いてみると、
「子どもがオフィスという閉鎖的な環境で充実した時間を過ごせるのか」という点です。
子どもが親と一緒にいることや母乳育児を続けられる環境が整備されるのは良いことですが、それと同時に月齢に合ったおもちゃで遊んだり、適宜外気浴をしたり、散歩したり、体を動かしたりと、子どもの欲求を満たすことが発達にとってはとても重要です。
1日に数時間など限定的な時間であればまだ良いかもしれませんが、毎日長時間閉鎖的なオフィスで過ごし続けるのは、子どもの福祉に反していると思います。
では子連れ出勤を実現するためには、どんな条件を満たす必要があるのでしょうか?
1.職場に子どもの相手をすることができる人はいるか
相手をしてほしい時に、親がパソコンや資料などを見ながら仕事をしている状況は、子どもにとってはストレスになります。その場合、別の社員や保育士など、遊んでくれる人がいるかどうかがとても重要になるかと思います。全てのオフィスがそこまで踏みこめるのかは疑問が残ります。
2.子どもが快適に過ごせる環境が整っているか
0歳児前半なら良いのですが、ハイハイをしはじめる頃の子どもは広いスペースを必要とします(認可保育施設においては、0〜1歳のクラスは乳児室1.65㎡+ほふく室3.3㎡の4.95㎡が最低基準)。特に待機児童が多く、実際に奨励された場合オフィスに来る可能性が高い0~1歳児がもっとも広いスペースを必要しています。
しかし、基本的に都心部のオフィスは社員一人当たりの面積が狭く、この広さを確保するのは難しいのではないでしょうか。
子どもの手の届かないところに書類を配置したり、配線を見直したり、おむつ替えや授乳、お昼寝のスペースの確保も必要になるほか、換気や日当たりの問題など、営業するオフィスの中で子どもが快適に過ごせる場を設定しようとすると、相当の設備が必要になると思います。整っていない状況の場所で仕事をするのは、親子にとっても、周囲の大人にとっても大きなストレスになるでしょう。
実際に息子さんが0〜1歳の間、フリーランスでお仕事をされ、ミーティングなどで何度も子連れ出勤を体験している相原さんは、子連れ出勤の難しさについて痛感しているのだとか。
一番ハードルが高いのが移動です。ラッシュのピーク時間帯を避けて出勤時間を調整したとしても、ベビーカーを畳まずに乗せられるかどうかは路線にもよりますし、朝夕の時間帯はピーク時でなくても視線が痛いです。とはいえ子連れで仕事に行くとなると荷物が増えるので、抱っこ紐で子供と大きなバッグを抱えて移動するのは親の体に負担がかかります。さらに、通勤中に子どもが泣き始めることや、うんちをしてしまうということも……。
また感染症が流行っている冬は特に、子どもを連れて電車に乗ること自体が大変なリスクでもあります。子どもにとっても大人にとっても、毎日子連れで都心に出勤をするのは相当大変なことだと思います。
「職場全員の理解がないと、子連れ出勤は出来ない」と相原さん。ミーティングだけ、会議室だけ、数時間だけ、しかもミーティング相手の理解があって叶った子連れ出勤でしたが、常態的に行うのは現実的ではないといいます。
ミーティング中に授乳やオムツ替えをしなければならなったり、集中したい時に寝かしつけが必要になって作業が進まなかったり、そういったことも含めての「子連れ出勤」だと思います。
それを全ての社員が許容して、ウェルカム出来ない限り、肩身の狭い思いをするのは大人だけではなく子どもたち自身なのです。
大前提として、待機児童対策が進むこと、病児保育の拡充、看護休暇、リモートワークなど病時の選択肢が増えることなど、行政と企業の枠を超えて体制の整備が必要だという相原さん。
子連れ出勤は最終手段。どうしようもないときは連れていける、それが最後の選択肢にあるのは親にとっては安心材料にはなると思います。
だからといって、未来を支える子どもたちが日中の多くの時間を過ごす環境としての「職場」は、長期的に見て適切といえるのでしょうか? 行政には、問題を本質的に捉えて、保育の量と質の担保に力を入れることを忘れないでほしいです。