政府は2018年7月に「デジタル・ガバメント実行計画」を策定し、行政のデジタル化を進めています。そんな中、印鑑業界の強い要望により、法人を設立する際に必要な印鑑の義務化をなくす案が見送られたことが話題になりました。そもそも印鑑の有効性はどれほどのものなのか、なぜ書類に押印する必要があるのか? 弁護士であり、フェリクス少額短期準備株式会社代表取締役、イーリス総合法律事務所代表の多田猛さんにお話をお聞きしました。
法令上あるいは取引慣行上、押印が必要な場面はありますが、一般的に契約の成立という視点で見れば、法律上ハンコを押印する義務はありません。マストではないわけです。
ではなぜ、書類にハンコを押印するかといえば、「この書類は、ほかでもない私が書いたものです」ということを表すためです。欧米で用いられている「署名」と、機能としては同じということになります。
多田さんによると、後日争われないのであれば、民法上、押印は契約の成立に関係がないとのこと。問題になるのは、その文書の内容が本当に正しいものであるかが訴訟などで争われるときなのだそう。
例えば、車を買ったときに作成した売買契約書や、保険に加入するときに作成した加入申込書の内容が、本当にその本人が同意したものなのかについて争いが生じた際、押印された印影の有効性が大きく関わってきます。
文書の真正が争われる際には、
が重要な問題となります。 本人のハンコと印影が一致すれば、本人の意思に基づくことも、文書の真正も「推定」されます。とはいえ、あくまで「推定」にすぎず、絶対的な効力ではありません。
署名はハンコと違い、盗まれたり貸したりすることがないので、本人のものである信憑性が高いとも言われていますが、文書の真正が問題になったときの効力はハンコも署名も同様なのだそう。日本社会では長らくの習慣からハンコが主流ですが、 ハンコ文化独特のいわゆる「代理決裁」について多田さんは、
ビジネスでは、代表印を担当者レベルが代行できることで簡便な決裁ができるとの意見もあります。しかし、印鑑はあくまで「本人が自らの意思で押している」ことが原則で、代行決裁は本来的なものではありません。
欧米では、全ての書類をCEOが署名するのではなく、法的に代理権を与えられたしかるべき権限者が自己の責任で会社を代表して書類にサインします。
行政手続のオンライン化の流れの中で、必ずしもハンコに頼る必要のない手続は、今後確実に増えていくと考えられます。
行政手続をオンライン化することは、今後のIT社会においては重要で現実的な施策であり、これにより多くの企業・団体の手続業務がスムーズかつ正確に行われることになるだろうと指摘する多田さん。オンライン化と古き良き印鑑文化のどちらをとるべきか……。今後の政府の施策に注目が集まりそうです。