ラーメン屋。酒ラヴァーには、これほど心強い味方を思わせる響きもめずらしい。頭が働かなくなり、食欲を活性化させた深夜。ラーメン屋でひとり熱い相棒(=ラーメン)を待っていると、ふと気がつくとBGMにジャズが・・・こういうことは少なからずある。どうして、ラーメン屋にジャズが? 店主に聞いてみたところ、「なんとなく」。それが答えだった。
なんとなく。これが本音だろう。しかし、その“なんとなく”には、おそらくは店主も意識していない、根拠があるはず。なぜ、こだわりのラーメン屋にはジャズなのか。時間、場所、色など、5つの観点から考察してみた。
■ラーメンは真夜中に似合う食べ物
ラーメンはいつ食べるものなのか? 朝は無理。昼にはちと重い? 筆者の場合、多くは夜だ。特に、一杯やったあとの圧倒的深夜。夜が深くなればなるほどラーメンに対する愛情は増す。この時間帯が見事にジャズにフィットする。ジャズは、歓楽街の音楽として発展してきた。ボサノヴァの分野で著名なサックス奏者のスタン・ゲッツ曰く「ジャズってのは、つまりはナイトミュージックなのさ」。このような見解もある。
■両者に共通している“緊張感”
ラーメンはどこで食うのか? 大衆食堂にもメニューとして用意されているが、やはりこだわりのラーメン屋でいただきたいところ。とくに現代のラーメン屋は、店内も凝ったつくりにしている。ユニフォームも含め、都会的なモノトーンで上質な世界観を作っている。では、ジャズを味わう場所は?というと、アル・カポネの時代からビル街の地下が舞台になっている。両者に共通するのは、ハードボイルドさすら感じるストイックな印象だ。
■ジャズとラーメン屋の色は似ている?
ジャズのイメージ。それは楽器の色が伝えてくれることもある。ピアノの黒、ベースの濃い茶、ドラムのシルバー、サックスやトランペットのゴールド。そして女性ヴォーカルの唇の色、赤。モダンなラーメン屋では、黒や濃い茶などの内装が施されているように思う。暖簾(のれん)は赤。そんな空間でラーメンは、きらきら光るスープと、どんぶりのコントラストで存在感を発揮する。ラーメン屋は、ジャズのカラーと重なる部分が多々あるように思う。
■いずれも“匠”の世界である
こだわりのラーメン屋では、匠ならではの美しい手際を目にすることがある。湯切りなどの技には、その所作からも熟練された技術を感じる。いっぽうでジャズもまた、ステージでテクニックの応酬を披露する、匠の音楽だ。ラーメン屋が“なんとなく”ジャズにシンパシーを感じるのは、自然なことなのかもしれない。
■ジャズは歌詞が頭に入ってこない?
ジャズは、楽器演奏が主体の音楽。歌はあっても、歌詞は外国語である。日本人が聴いていても、それほど直接的に頭には入ってこないのではないだろうか。私たちが日本人である以上、日本語の歌詞のメッセージ性に耳を奪われることはある。たとえばそれが男と女の駆け引きだったなら、ラーメンに集中している時間にふさわしいものと言えるだろうか。
なぜ、ジャズを流すラーメン屋が多いのか? 今回の考察では、イメージや印象という抽象的な理由で検証した。具体的な理由を期待していた方もいるかもしれないが、イメージは何かを表現するうえでは、欠かせないツール。そのことに、こだわりのラーメン屋は無意識下で気がついている。
例えば、フランスで修業した熟練のシェフが腕を振るってフレンチを作り、イメージとかけ離れた中華どんぶりで出したなら、その価値を損なうだろう。そのことを知らない料理人はいないはず。自らのイメージを実現させるために、ラーメン屋は自然とジャズを選んでいるのではないか。