シャア・アズナブルって実はカッコ悪い?! 「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」考察

コラム

citrus 編集部

 

■逆にカッコよく見えてしまう……『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を考察

 

『機動戦士ガンダム』シリーズのシャア・アズナブル。続編の劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でもクールでカッコいい役柄と思われがちですが…13歳の少女を秒殺ナンパ(?)するという特技を披露するシーンやめっっっっちゃくちゃ女々しい姿を披露するシーンもあるのです。が、逆説的に、だからカッコいい。今回はそんな『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』考察をまとめました!

 

 

■「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」

 

 

『機動戦士ガンダム』にて主人公・アムロのライバルとして颯爽と登場し、全ガンダム作品の中でも1、2を争う人気キャラとなっているシャア・アズナブル。『機動戦士ガンダム』の13年後を舞台とした劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』、この作品のラストでシャアとアムロは消息不明となり、以後、彼らは一切登場しません。つまり、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』においてのシャアの最後のセリフが、シャア史上、最後のセリフとなるわけなんですが…その言葉がこちら。

 

「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか!」

 

これが最終決戦にて、マジの最後の最後にアムロに言い放ったセリフ。

 

ララァとは、初代『機動戦士ガンダム』に登場したキャラで、少々語弊はありますがシャアとアムロと三角関係になっていた女性。けれど、残念なことに『機動戦士ガンダム』時代、シャアとアムロのモビルスーツ戦中に劣勢だったシャアをかばおうとし、自身が搭乗するモビルアーマーをガンダムのビームサーベルに貫かれ命を落としてしまうのです。

 

…………というのを踏まえて考えると、このシャアの最期のセリフ、クソカッコ悪くないですか?

 

アムロはララァを殺そうとなど一切しておらず、不運にもビームサーベルが貫いてしまった。というか、シャアが負けそうだったばかりにララァは身を挺して死んでいったわけです。

 

ちなみにララァはシャアの年下です。自分が愛した年下女子に、実は密かに母性を見い出していて、アムロとの争いのさなかに死んでしまった彼女のことをずっと忘れられずに、13年後、アムロに復讐戦を挑む。その復讐戦の終幕時に、「私の母になってくれるかもしれなかった女性」とカミングアウト。

 

この推察には賛否両論あるでしょうが、少なくともこのシャアの最期の最期のセリフから読み解くと、アムロへの私怨が戦争を起こす一因であった可能性は否定できません。

 

 “俺の最愛の女を奪ったお前(アムロ)を許せない” というのも、紛れもないシャアの本音なのでしょう。

 

嫉妬心。復讐心から全人類を巻き込んだ戦争をおっぱじめる……ってこの男、めちゃくちゃダサくないですか?

 

けれど。だから、カッコいい。弱点だらけでカッコいい。虚勢を張っててカッコいい。嫉妬に狂っててカッコいい。泥臭くてカッコいい。人間臭くてカッコいい。

 

 

■「行くかい?」

 

 

次にご紹介するシーンがこちら。

 

アムロと行動を共にしていたクェス・パラヤという13歳の少女がいました。クェスは勝気なお嬢さんでして、アムロにちょっと憧れていたんですよね。そこへ敵対しているシャアが登場し、シャアとアムロは生身で殴り合いのケンカをおっぱじめます。

 

シャア「地球は人間のエゴ全部を呑み込めやしない!」

アムロ「人間の知恵は、そんなもんだって乗り越えられる!」

シャア「ならば、今すぐ愚民ども全てに叡智を授けて見せろ!」

 

この会話を聞いたクェスには、シャアの主張が正しいように聞こえ、アムロの主張は理想論のように聞こえてしまったのでしょう。クェスはアムロから彼の銃を奪い、その銃口をアムロに向けるのです…その次の瞬間、シャアは彼女に微笑みながらこう囁きます。

 

「行くかい?」

 

と!! この短い一言が決め手となり、シャアに魅了され、完全に寝返っちゃうクェス嬢。この「行くかい?」というたった4文字のナンパセリフが言い放たれたのは、クェスがアムロの銃を奪ってからわずか6秒後。13歳の少女を34歳(このときのシャアの年齢)が秒殺ナンパですよ…。

 

その後物語は進み、クェスが戦死後の最終決戦。

 

アムロ「俺はマシーンじゃない!クェスの父親代わりなどできない!だからか?貴様はクェスをマシーンとして扱って…」

シャア「そうか。クェスは父親を求めていたのか。それで…それを私は迷惑に感じて、クェスをマシーンにしたんだな」

 

このアムロのセリフを踏まえると、クェスは “恋人” としての愛情というよりも、むしろ “父親” としての愛情を欲していたのだと推察できるわけです。アムロはそれに気付けていた。シャアはそれに気付けていなかった。

 

シャアは一見、何でも悟っているような雰囲気を出しているため、クールでオトナな男と見られがちですが、ある種、コミュニケーション能力に大きな欠陥を抱えているのでしょう。表面上は誰に対してもスマートに接することができても、本当の意味で相手の本心に気付けず、それゆえに相手の気持ちを慮ることができず、結果、自分の都合のいいように扱ってしまう。

 

…不器用な男です。でも、人間誰しも完ぺきではない。一見、完璧イケメンのように見えるシャアも、欠陥を抱えている。それでも虚勢を張る。でも、それこそがある意味、人間らしさであり、シャアが “カッコ悪いけどカッコいい” 由縁なんです。