一次販売中止にも?板チョコというシンプル直球勝負! meiji『ミルクチョコレート』が経た90年の歴史

コラム

citrus 二階堂銀河

 

 

スーパーのコンビニの定番お菓子、板チョコレート。とりわけmeiji『ミルクチョコレート』は、芳醇なカカオの香りとミルクのコクが受け、バレンタインでは手作りチョコレートの材料としても人気です。今回はこの通称『ミルチ』の誕生と軌跡をご紹介します。

 

 

■誕生~太平洋戦争開戦まで

“ミルチ”は、音楽や洋服、文学などの新しい文化が日本に入り始めた大正時代の1926年9月に誕生しました。これにより、それまでは贅沢品という扱いだったチョコレートが、多くの人にとって馴染みのあるお菓子へと変わっていきました。


昭和の時代になると、“ミルチ”の活躍もあり、チョコレートはより一層多くの人に愛されるお菓子となり、店頭にもたくさん並ぶようになりました。そこで明治は次の一手として、“おいしい”だけではない付加価値をつけようと思いたちます。

 

そこで思い立ったのが、「包み紙の裏に記載された点数を100点分集めると、“ミルチ”やキャラメルなど他のお菓子と交換できる」というオマケルールです。これにより、子供たちは、“ミルチ”にただ買って食べること以上の楽しみを見出せるようになったのです。

 

 

■戦時中には一時販売中止に

しかし、太平洋戦争が始まると、多くの商品と同じく“ミルチ”も製造中止を余儀なくされてしまいます。それから製造が再開されたのは、終戦から6年後の1951年のこと。この時、明治は“ミルチ”をそれまでの茶系の色の包み紙から、目を引く新たな赤いパッケージに変えて復活させました。

 

さらに、2年後の1953年には国内で初めてテレビ放送が開始され、1960年代から“ミルチ”のテレビCMが放映され始めました。「チョコレート♪、チョコレート♪、チョコレートは明治♪」というフレーズとメロディは、多くの人にとって聴き馴染みがありますよね。

 

当時は一つのテレビを家族全員で囲みながら観る時代。「チョコレートは明治♪」の響きはあっという間にお茶の間に浸透することとなります。

 

 

■バレンタイン・デーの定着~現在

そんな”ミルチ”と切っても切り離せないのがバレンタイン・デー。日本に定着してきたのは1970年頃と言われているようです。2月14日に行われるこのイベントにより、チョコレートは愛を伝えるお菓子の代名詞として世に浸透し、“ミルチ”は毎年手作りチョコレートの材料などとして、大きな活躍を見せることとなりました。

 

2009年には、それまで1966年から43年間続いたパッケージを一新して、新しいブランドマークとともに販売をスタートさせるなど、ブランドイメージを時代に合わせて変化させて来た“ミルチ”。しかし、発売から90年以上が経つ今でも、その製法は変わることなく、世代を跨いで多くの人に愛されています。