『寄生獣』の真の意味とは? 作中で唯一タイトル名を口にした人間の台詞から読み解く

コラム

citrus 二階堂銀河

 

連載終了から約20年が経ってアニメ化された人気漫画『寄生獣』。全10巻(オリジナルコミックス)ながら、発行部数は2400万部を超え、今なお根強いファンに愛され続けている作品です。

 

普通の高校生である主人公・泉新一(シンイチ)は、突然地球に来襲した寄生生物に右手を乗っ取られてしまい、ミギーと名付けたその生き物と共生することに。そして、頭部を乗っ取って人間を完全に支配した寄生生物たちとの戦いを余儀なくされ、シンイチはそのなかで徐々に強くなり成長していく――というストーリー。

 

本タイトル『寄生獣』という単語を作中で唯一、台詞にして発したキャラがいます。それが広川市長。物語のテーマとも言えるこの単語にはどんな意味があり、どんな意図で言ったのか、考えてみましょう。

 

 

■広川市長の正体とは……

 

広川は、後藤や田宮良子と徒党を組んで寄生生物のグループをまとめる、作中唯一と言える寄生生物側の人間でした。寄生生物の食事場と安全の確保を彼らと行うとともに、市長選への出馬を経て当選するなど、言葉巧みに一般市民の心までも掌握します。

 

ある日、機動隊による寄生生物の捜査・殲滅を目的として、広川がいる市役所は包囲されローラー作戦を仕掛けられます。広川を寄生生物だと思い込んでいる機動隊は、広川もろとも市役所に巣食う寄生生物を一斉に掃除しようとしますが、広川は「ここで逃げても意味がない気がするしな」とあえて逃げようとしません。

 

やがて機動隊に追い詰められた広川は、議場にて自らの意見を主張し始め――「人間に寄生し、生物全体のバランスを保つ役割を担う我々から比べれば、人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!! いや……寄生獣か」と、そこで作中で初めて「寄生獣」という単語を使うのです。直後、広川は銃で打たれ、抵抗することなく死亡。

 

 

■「寄生獣」という言葉の意味

 

ここで、広川が言った「寄生獣」の意味を考えてみます。広川の初登場時、寄生生物が存在する意味について疑問に思う田宮良子に対し、広川は「地球にとって人間が『毒』となった。だから『中和剤』が必要になった」と返しました。振り返ると、当初から一貫して広川は「地球全体の自然の調和を取ろうとする者」という立場を明らかにしていたのです。

 

さらに、物語冒頭のモノローグ――寄生生物が地球に蔓延する直前のシーンではこう綴られています。「地球上の誰かがふと思った――『人間の数が半分になったらいくつの森が焼かれずにすむだろうか』、『人間の数が100分の1になったらたれ流される毒も100分の1になるだろうか』、『生物(みんな)の未来を守らねば…』」

 

このモノローグは、物語完結後の作者のあとがきで「人間のある種代表である広川市長が引き継いでくれて」と説明。広川が物語のテーマを背負って「寄生獣」という言葉を作中で使うまで、それは寄生生物のことを指していると思われていました。しかし、そこで初めて「寄生獣」とは「人間」のことを指してもいたとわかるのです。

 

 

■シンイチが最後に悟ったこと

 

人間こそが「寄生獣」であるというテーマを背景に、シンイチはシンイチの物語を歩んでいきます。その最後の戦いの相手にして過去最強の敵と言える寄生生物「後藤」を破ったシンイチ。しかし、体が破裂して肉片がちりぢりになりながらも復活しようとする後藤を前に、「人間の都合ばかり押しつけたくない」「殺したくないんだ」ととどめを刺さずに立ち去ろうとします。そのときシンイチは広川の主張に同調し、また同様の立場に立ったと言えるのです。

 

しかし、ミギーが「きみは地球を美しいと思うかい?」と呼びかけ、続けて「わたしは恥ずかしげもなく『地球のために』と言う人間がきらいだ……なぜなら地球ははじめから泣きも笑いもしないからな」と言うと、シンイチは思い直し、「おれはちっぽけな……1匹の人間だ せいぜい小さな家族を守る程度の……」と涙を流しながらも後藤にとどめを刺します。

 

シンイチはこれまでの寄生生物との戦いを振り返り、「地球のための戦いじゃない」「人間だけのためというか…おれという個人のための戦いだ」と自身が生物の種の垣根を超えて干渉しあえないことを悟ります。しかし、人間個人として自己満足を追求することを「それでいいし、それがすべて」とも思い至るのです。シンイチの物語において、広川の「寄生獣」という台詞や彼の立場は、対比的な概念として非常に重要な意味を持っていたと言えるでしょう。