世界一哲学的な漫画『寄生獣』 強敵と思われた田宮良子が抵抗しなかった理由とは…?

コラム

citrus 二階堂銀河

 

連載終了から約20年が経ってアニメ化された人気漫画『寄生獣』。全10巻(オリジナルコミックス)ながら、発行部数は2400万部を超え、今なお根強いファンに愛され続けている作品です。

 

普通の高校生である主人公・泉新一(シンイチ)は、突然地球に来襲した寄生生物に右手を乗っ取られてしまい、ミギーと名付けたその生き物と共生することに。そして、頭部を乗っ取って人間を完全に支配した寄生生物たちとの戦いを余儀なくされ、シンイチはそのなかで徐々に強くなり成長していく――というストーリー。

 

シンイチらに興味を抱き、敵でも味方でもない立場を取り続ける田宮良子は、警察の急襲を受けた際にあえて抵抗せず絶命しました。彼女が今わの際に起こした行動の意図を探っていきます。

 

 

■田宮良子が登場し、死に至るまで

 

物語序盤から登場し、思慮深く哲学的で高い知能を持つ寄生生物である田宮良子。広川や後藤とともに徒党を組み、寄生生物グループの中核的存在を担う田宮は、シンイチらに強く興味を示します。

 

田宮は敵なのか、狙いがいまひとつ読めないシンイチらと同様に、寄生生物グループの一部メンバーも田宮に同じ思いを抱きます。そうして田宮を危険視した一部の寄生生物から襲われますが、返り討ちに。ときに同種からも危険視される田宮は、実のところ純粋に「寄生生物はなぜ生まれたのか」という疑問の答えを当初から一貫して探し続けていただけでした。

 

その疑問を解消するために、田宮は学校に教師として潜伏したり、大学の講義を受けたり、懐妊し出産してみたりします。広川や後藤と徒党を組んで行動するのも、シンイチとミギーに興味を示すのも、全てはその疑問を追究するためでした。

 

それを示唆し続けながらも、結局は誰からもその理解を得られないまま、あるとき田宮は警察によって襲撃され……死に至ることに。そのとき逃げられたはずなのに、素直に死を受け入れた田宮の不可解な行動にはミギ―らを大きく驚かせます。一体なぜ、田宮は人間側の攻撃に対してあえて抵抗せず死んだのでしょうか。

 

 

■田宮はなぜ抵抗せず死んだのか?

 

ここで田宮が死ぬ当日の行動を振り返ってみましょう。シンイチの実家付近でシンイチのガールフレンドである村野里美とたまたま出会った田宮は、シンイチを心配する里美の姿を見て「うらやましい」と漏らします。

 

その後、生後間もない子供を探偵に人質に取られた田宮は、ミギーが「何だこの波長は……こんなの初めてだ」「いったいどういう感情なんだ…?」と訝しげになるような――おそらくは悲しみや怒り、危機感が混じった感情になります。

 

他の寄生生物と同様に、実の子供や特定の人間に対して一切の愛情を持ち合わせていなかったはずの田宮。それが子供を産んだことをきっかけに母性が芽生え、延いては人間らしい感情が構築されつつあったわけです。

 

そして、「人間にとっての寄生生物、寄生生物にとっての人間とはいったい何なのか」を追究し続けた田宮は、「寄生生物と人間は1つの家族だ。我々は人間の『子供』なのだ」と結論付けました。

 

 

■田宮の最期が意味していること

 

田宮が警察の攻撃を受けている際も、自身の体よりも抱きかかえた赤ちゃんを守るようにしてシンイチのもとに近づきます。ミギーに「逃げるんだ!」と注意されるシンイチに対して、田宮は「まて新一……ここで逃げられては困る……どうすればおまえを……おまえという人間の心を……」と心で念じながら歩み寄ります。

 

このとき、田宮は「寄生生物と人間が1つの家族」というように、母性が芽生え「人間」に近づく自身の変化そのものを実験対象にしていたのかもしれません。そしてシンイチは、田宮の願い/実験に応えるように、赤ちゃんを必死に守り抜こうとする田宮の姿を母親に重ね合わせ、田宮から逃げず正面から受け入れます。

 

「自分はなぜ生まれてきて、自分はどこに行くのか」を主題に、際限なく湧き出る疑問の答えを考え続けた田宮は、これまでの道のりを振り返り、「どこまで行っても同じかもしれないし、歩みをやめてみるのもいい」と思いにふけります。そして、「しかし…それでもまた1つ、疑問の答えが出た」と満足そうな顔をして、田宮は尽き果てるのです。

 

好奇心旺盛で研究熱心な彼女らしい最期と言えるでしょう。そして、彼女の「寄生生物と人間は1つの家族」という台詞と彼女の最期は、シンイチが物語終盤に口にする台詞「みんな地球で生まれてきたんだろう? そして何かに寄り添い生きた」と、それに続く物語最後のモノローグ「何かに寄り添い、やがていのちが終わるまで」に掛かっているとも言えるのではないでしょうか。