劇場版『ドラえもん』といえば、子供から大人まで楽しめる娯楽作品。なかでも、大山のぶ代氏がドラえもん役を務めていた頃に同時上映されていた中編エピソードは、傑作揃いと名高い。今回はそんな名作と名演出をプレイバック。
■『おばあちゃんの思い出』/思い出が詰まったクマちゃんの描写が粋
まずは、2000年に公開された『ドラえもん のび太の太陽王伝説』と同時に公開された『おばあちゃんの思い出』をご紹介。のび太が彼のおばあちゃんに会いに過去に向かうというコミックス第4巻『おばあちゃんのおもいで』をセルフリメイクした内容だ。
本作は、のび太が近所のゴミ捨て場で捨てられているボロボロのクマのぬいぐるみを発見し、おばあちゃんのことを思い出したことから幕をあける。物語の鍵となるこのぬいぐるみは、のび太が幼少期に“クマちゃん”と呼んで大切にしていた存在。
物語が進み、とある理由から過去に向かったのび太とドラえもんは、野良犬に奪われたクマちゃんを取り戻す。しかし、そこに未来ののび太がクマちゃんを奪ったと勘違いした、幼いスネ夫とジャイアンがぬいぐるみを取り戻しにやってくる。彼らは幼い頃からのび太をいじめていたが、本心ではのび太を大事に思っていたことがクマちゃんを介してわかるのである。
終盤、おばあちゃんが野良犬に奪われてボロボロになったクマちゃんを修繕するシーンは必見。クマちゃんがつぎはぎされながら直されていく光景と、日に日に身体が弱まっていくおばあちゃんの姿は、どこか対比的に演出されているように感じてしまう。
劇中の時間経過を感じさせるクマちゃんの存在が、おばあちゃんと周囲の人々の思い出を紐解く舞台装置であることに気がつくと、本作の演出力のすごさが見えてくることだろう。
■『のび太の結婚前夜』/月日が経過した登場人物たちの成長と絆
次に、紹介するのは1999年に公開された『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』と同時に公開された『のび太の結婚前夜』。物語はのび太が“将来本当にしずかちゃんと結婚できるのか”と悩み出し、ドラえもんと一緒に未来に行って確かめに行くことで幕を開ける。原作はコミックス第25巻の同タイトル『のび太の結婚前夜』から。
本作の見どころは、月日が経って成長した登場人物の関係性を、原作よりも深く掘り下げているところだろう。迷子になったとある子猫の飼い主が、飛行機に乗って海外へ行ってしまう展開になるのだが、のび太としずかはスネ夫、ジャイアンと一緒に車で空港まで届けに行くことになる。そこには、誰かがピンチになったとき一致団結して助ける、という昔と変わらないのび太たちの姿があった。
また、スネ夫とジャイアン、出木杉を加えたのび太独身最後の飲み会で、酔っぱらって歌いそうになるジャイアンに向かって、のび太が「やめろ! へたくそー!」と叫ぶシーンも見もの。成長してジャイアンに野次を飛ばせるほど対等な関係性になったことや、大人になっても変わらずに関係を続けられている事実に、思わず目頭が熱くなってしまうことだろう。
■『帰ってきたドラえもん』/桜の演出が儚くも美しい友情を描く
最後は、1998年に公開された『ドラえもん のび太の南海大冒険』と同時上映された『帰ってきたドラえもん』を紹介していこう。本作は未来に帰ってしまうことになったドラえもんと、彼がいなくなってもめげないのび太の頑張りを描いたストーリーとなっている。本作はコミックス第6巻『さようならドラえもん』、第7巻『帰ってきたドラえもん』のふたつの話を原作としている。
本作では、原作とは違い“桜”のシーンが随所に追加されているのがポイントだ。この作品で、桜は作中の時間経過を表すのと同時に、のび太とドラえもんが置かれている現在の状態を意味していると思われる。ドラえもんとのび太が最後の思い出として夜道を散歩するときの桜は満開なのだが、ドラえもんが未来に帰ってからは、それが散り始めているのだ。これは、満開のときは一緒にいることができた時間、散ってからはお互いに大事な存在が消えて心が空っぽになってしまったことを意味しているのだろう。
終盤、ドラえもんがもう戻っては来ないと悟るシーンで、のび太は散りかけの桜を見て「桜ももう終わりだね……」と漏らす。もう彼らふたりの再会は叶わないのか、と思えるが、なんとこの後、桜は再び満開状態へと戻る。実はこのとき、のび太は話したことがすべて嘘になるひみつ道具「ウソ800」を飲んでいた。つまり、このシーンは二人の再会を暗示しているというわけだ。事実、この後のび太とドラえもんは無事再会し、再び一緒に過ごせるようになり物語は幕を閉じる。