苦境に立たされる北海道の鉄道…公共の交通における国と地方自治体の責任は?

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今年11月、JR北海道(北海道旅客鉄道)が「当社単独では維持することが困難な線区について」というタイトルのプレスリリースを出した。同社は以前から経営に苦しんでいたが、その状況を多くの人に知ってもらい、ともに考えてもらうために、このようなリリースを発表したようだ。内容はかなり衝撃的だった、もし外部の助けがなく、維持困難な線区がそのまま廃止されると、根室、網走、稚内という道東・道北の主要都市には鉄道で行けなくなってしまうというのだ。

 

続いて今月、同じJR北海道が以前から廃止を決めていた留萌本線の留萌〜増毛間が運転を終了した。終点の増毛駅は、故高倉健さんが主演した映画「駅 STATION」のロケ地だったためもあって、メディアも多く取り上げた。今までと違っていたのは、直前にJR北海道が例の発表をしていたので、単に別れを惜しむような情緒的な伝え方ではなく、経営不振による廃止というビジネス的な視点で扱ったメディアが多かったことだ。北海道の鉄道が危機的な状況にあることを多くの人に伝えたという意味で、良い傾向だったと思っている。いずれにしてもJR北海道を、旧国鉄という感覚で見るのは止めにしたほうが良い。地方鉄道という言葉のほうが、実体をよく表しているはずだ。

 

日本の地方鉄道がすべて危機に瀕しているかというと、そうではない。筆者が訪ねたことがあるいすみ鉄道やひたちなか海浜鉄道、和歌山電鐵などは、国や地方自治体の援助を受けつつ、独創的なアイディアで鉄道経営を軌道に乗せている。ただこうしたアイディアをそのままJR北海道に展開しただけでは、経営が改善するとは思えない。なにしろ北海道の人口密度は約65人/㎢で、言うまでもなく全都道府県中最低。しかも全人口の35%以上が札幌市に住むという、日本における東京以上の一極集中となっている。そして冬は厳しい寒さと大雪に悩まされる。

 

今年2月、やはり「単独で維持することが困難な路線」となっている札沼線の北海道医療大学以北を訪れたときのこと。札幌駅を出発したときは晴れていたのに、途中から急に天候が変わり、大雪になった。レールは見えず、列車は雪を踏みしめながら進む。乗客は数人で、沿線にはたまに家の姿が見えるだけ。なのに列車が定刻どおり進んでいることが、神業に思えてきた。

 

前に紹介した地方鉄道は、それに比べれば路線は短く、沿線人口はそこそこ多いし、雪はめったに降らない。彼らが重点を置く観光需要にあまり力を入れていないことは、JR北海道に考えを改めてほしい点のひとつで、現在は札幌中心の特急網の一部を新千歳空港拠点とするだけでも利便性は高まるような気がするが、それ以前に北海道が特殊な状況下にあることは認識すべきだろう。それにいくつかの地方鉄道を訪ねると、沿線住民が駅の掃除や花の栽培などを行ったり、全国のファンがお金を出し合って車両のサポートをしたりと、周囲の人間の力を借りて必死に経営している姿を目にする。取り組みそのものは好感が持てるけれど、こうしなければ維持できない鉄道の仕組みそのものを変えるべきではないだろうか。

 

鉄道は公立学校や図書館と同じような存在であるべきだと筆者は考えている。多くの人が気軽に利用できるために、行政側が主体となって維持していく仕組みが望ましいと思っている。ヨーロッパの鉄道はこういうスタイルが一般的だ。たとえば筆者が3月に乗った、南仏ニースから山奥に伸びるプロヴァンス鉄道は、日本では国鉄と区別するために私鉄と紹介されることが多いが、実際は第2次世界大戦前から地方自治体が経営を司っている。だから車両や駅は新しいし、始発駅の敷地を活用して市が複合施設を作るというプロジェクトさえ進んでいる。

 

鉄道は公共交通だ。公共の交通なのだから、国や地方自治体がベースの部分をしっかり支えていくのが本来の姿ではないだろうか。日本にそのスタイルを導入していく試金石として、今のJR北海道は適役だと思っている。

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森口将之

森口将之

モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担...

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