足立区も山谷も最近はそんなに「ひどい街」じゃない

ライフスタイル

下関マグロ

 

「足立区はひどい街じゃない」と、住んでいる人がブチ切れたという。

 

そういえば足立区についてのイメージってどうよと、Googleで “足立区”“イメージ”と入れると、予測検索に“悪い”という候補が出てくるほどだ。かつては治安が悪いというイメージだった足立区も、最近ではいいイメージに変わりつつあるそうだ。

 

僕が思う東京で治安の悪い街といえば、山谷だ。大阪のあいりん地区と並んで、日本有数の危険地帯だとずっと思っていた。僕が大阪から東京へやってきたのが、80年代半ば。

 

そういえば山谷って、漫画『あしたのジョー』の舞台になったところだなと、東京に来てすぐのころ散歩に出かけたことがある。日比谷線南千住駅から歩けば泪橋という交差点があった。実際には橋はなかったけれど、たしか矢吹丈がこのあたりをランニングしてたな。そうそうこの橋のたもとに丹下ジムがあったんだ。そんなことを思いながら、ドヤ街といわれる、安い宿屋がある浅草方向へ歩いてみる。昼間から路上で酒盛りをしている男たちがいっぱいいた。頭の中は『あしたのジョー』から、岡林信康が歌う『山谷ブルース』が鳴り響く。そのうち、路上に座り込んで酒を呑んでいたおっちゃんに「おいこら」と声をかけられ、なんだか、ちょっと怖くなって、南千住駅へ戻った覚えがある。ちなみに山谷というのは、台東区に昔あった地名で、今では清川、日本堤、東浅草という地名になっている。

 

 

■高齢化が進み外国人が増え、街は変わっていった

 

それからずいぶん経過した四半世紀後、散歩に関する原稿を書く機会が増えて、このあたりを何度か散策したことがあるのだけれど、ずいぶんイメージが変わっていた。いや、変わったというよりも、もともとそこにあったのに見えてなかったというのかもしれない。たとえば、創業127年という土手の伊勢屋さん。老舗の天ぷら屋さんだ。第二次大戦の空襲から生き残った木造建築を見るだけでも価値がある。そこには天丼を食べる人たちの行列があった。行列には女性の姿も多い。労務者の街だと思っていた山谷もネットの影響なのか、遠くから天丼を求めて行列するのだ。

 

とはいえ、相変わらず地べたに座り込んで酒を呑んでいる人たちはいる。しかし、80年代に見た光景よりは明らかに高齢化が進んでいて、昔のような怖さはないのだ。ふと気がつけば、泪橋の交差点からほど近いところに矢吹丈のモニュメントが建てられているではないか。まるで、アニメから飛び出したような矢吹丈が歩道を歩いているのだ。80年代にやってきたときに比べるとずいぶんと変わったものだ。

 

街を歩く人たちの顔ぶれも変わってきた。外国人のバックパッカーや女性のグループなどだ。外国人バックパッカーは安い宿代のためにやってくるのだろうか。女性グループや高齢の散歩者をよく見かけるのは、吉原から竜泉にかけて、歴史の痕跡が多くあるからだろう。たとえば、樋口一葉が文房具店を営んでいたという竜泉には一葉記念館がある。

 

このエリアには個性的な飲食店や居酒屋なども多く、それを目当てにやってくる人もいる。ひとつおすすめしたい、時間が止まったような昔ながらの居酒屋がある。大林酒場だ。料理の撮影はおろか、携帯やスマホを出すことさえ禁止されている。そのため、あっという間に携帯やスマホがなかった昔に僕たちをタイムスリップさせてくれる。昔は、労務者であふれていたのかもしれないけど、今はこういったレトロな雰囲気が好きな人たちが集まっているので、雰囲気は平和そのものだ。

 

ただ、この大林酒場、昼間に開店している姿を見たら、シャッターではなく、分厚い鉄格子がおろされていた。これは治安の悪かった山谷をしのばせるものなのかもしれない。

 

※情報は2016年12月28日現在のものです

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下関マグロ

1958年山口県出身。出版社、広告代理店を経てフリーライターに。フェチ、散歩といった分野の原稿を書いている。主な著書に『東京アンダーグラウンドパーティ』(二見書房)、『歩考力』(ナショナル出版)、『町中華...

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