「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

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<行動遺伝学の研究によって、「知能は遺伝する」ことが明らかになってきました。そして、収入に与える遺伝の影響は、歳を取るほど大きくなる...。私たちはこのショッキングな事実とどうやって向き合うべきなのでしょうか?>

 

体格や運動能力が遺伝することを何となく受け入れている私たちですが、頭の善し悪しが遺伝すると語るのはどうもタブーになっているようです。

 

「頑張って勉強さえすれば、誰でも同じように頭はよくなる」

 

学校の先生や親はそう言いますが、「行動遺伝学」によって、あらゆる能力のだいたい50%は遺伝によって説明できることがわかってきました。

 

ならば勉強することはムダなのでしょうか? 才能は遺伝ですべて決まるのでしょうか? 英才教育に効果はあるのでしょうか? 収入と遺伝に関係はあるのでしょうか?

 

行動遺伝学の第一人者、安藤寿康教授の最新刊『日本人の9割が知らない遺伝の真実』では、遺伝にまつわる俗説を解きほぐしつつ、個人としてまた社会として遺伝にどうやって向き合うべきかを明らかにしています。

 

ここでは、本書のエッセンスをお届けしましょう。

 

 

『日本人の9割が知らない遺伝の真実』

 安藤寿康 著

 SB新書

 

 

 

 

■才能の半分以上は遺伝で説明されることがわかった

 

行動遺伝学とは、知能や性格などがどのように遺伝していくのかを調べる学問です。その中心となる手法が「双生児法」。天然のクローン人間である一卵性双生児と、二卵性双生児の類似性を比較し、遺伝と環境の影響率を算出します。

 

安藤教授らの研究プロジェクトでは、18年間総数1万組の双生児ペアについて、知能・学力や性格、精神疾患や発達障害などを調査しました。その結果、神経質、外向性、開拓性、同調性、勤勉性といった性格については30〜50%が遺伝で説明できることがわかりました。また知能については70%以上、学力は50〜60%程度が遺伝で説明されました。

 

双生児法を用いた行動遺伝学研究はいまや世界各国で膨大な研究の蓄積があり、音楽や執筆、数学、スポーツに関しては遺伝の寄与率は80%にもなるという報告もあります。

 

さらに驚くべきことに、子どもの頃の知能やアルコール、タバコの物質依存など一部の形質を除くと、性格や能力など人間の行動や心理的な側面に共有環境(家族のメンバーを似させようとする環境で、おもに家庭や親による環境)の影響はほとんど見られないこともわかったのです。

 

誤解されやすいのですが、遺伝が影響するといってもそれは親の特徴がそのまま子どもに受け継がれるということではありません。子どもは父と母それぞれから半分ずつ遺伝子を受け継ぐのですが、個々の形質については多数の遺伝子が関わっているため、親とまったく同じ特徴を持った子どもが生まれることは極めてまれです。遺伝とは、生まれたときに配られたトランプの手札のようなものと考えればわかりやすいでしょう。

 

 

■収入に与える遺伝の影響は、歳を取るほど大きくなる

 

知能を始めとした心的な能力は、遺伝の影響が50%程度あることがわかっています。となると、収入に遺伝の影響はあるのでしょうか?

 

日本で行われた20歳から60歳までの1000組を超す大規模な双生児データからは、収入に及ぼす遺伝の影響が約30%という結果が出ています。面白いことに、就職し始める20歳くらいのときは遺伝(20%程度)よりも共有環境(70%程度)がはるかに大きく収入の個人差に影響していることが示されました。

 

ところが、です。

 

年齢が上がるにつれ共有環境の影響は小さくなり、かわりに遺伝の影響が大きくなって、働き盛りの45歳くらいが遺伝の影響はピーク(50%程度)を迎えます。この時点で共有環境の影響はほぼゼロ。つまり、親の七光りが通用するのは始めのころだけで、歳を取るに従ってその人自身の遺伝の影響が強くなるらしいのです。

 

ただし、上記は男性に限っての傾向です。女性については、既婚、未婚を区別しない場合、収入に対する遺伝の影響は、生涯にわたりほぼゼロのままという結果になりました。これは、日本において女性は自分の潜在能力がまったく収入に反映されていないことを示唆しています。

 

 

■貧乏な家に生まれたら、もう諦めるしかない?

 

環境の条件によって遺伝の影響が異なってくることも最近の研究からわかってきています。

 

例えば、青年期の知能については、社会階層が高いと遺伝の影響が大きく、低いと共有環境の影響が大きいのです。階層が高いほど遺伝の影響が大きくなるというのは直観に反するかもしれませんが、これは次のように解釈できます。

 

まず、家が金持ちでも貧乏でも、遺伝的に知能の高い人もいれば低い人もいます。親が金持ちの家ほど、子どもはいろんな環境にアクセスする機会が増えます。知的能力を必要とする活動から、あまり必要としない活動まで、子どもの接する環境の選択肢が増えることで、その子が本来持っていた遺伝的素養が発現しやすくなるわけです。

 

一方、貧しい家の場合、環境の選択肢はどうしても少なくならざるをえません。親が知的でない趣味を好むのであれば子どももそれに引きずられますし、知的な活動に投資する親であれば、やはりその影響を受けるでしょう。子どもが選べる環境の選択肢が少ないため、遺伝的な素養(それがどんな素養かはわかりません)が発現する確率が金持ちの場合よりも低くなります。

 

逆に言えば、これは貧困階層に対する社会的政策が重要であることを示唆しています。貧しい家庭でも知的な活動が行える補助を行うことで、遺伝的な知的才能を発現させるチャンスを増やせる可能性があるということです。

 

 

■親の子育てや先生の教え方は、子どもがどう育つかに無関係

 

世の中には、たくさんの子育て本が出ており、さまざまなテクニックが紹介されています。しかし、そうしたテクニックの効果は、行動遺伝学の立場から考えると、あまり期待できません。

 

行動遺伝学が導き出した重要な知見の1つは、個人の形質のほとんどは遺伝と非共有環境(家族のメンバーを異ならせようとする環境)から成り立っていて、共有環境の影響はほとんど見られないことです。共有環境をつくる主役は親(または親にあたる人)であり、親の愛情ある子育てが子どもの成長に重要であることはいうまでもありませんが、その親がどんなふるまいや子育ての仕方をするということは、子どもの個人差にはほとんど影響を与えません。

 

また、よい学校に通い、教え方のうまい先生に出会えば、子どもがやる気を出して劇的に賢くなるとも言えません。教え方やクラスの違いより、遺伝の影響の方がずっと大きかったのです。これも教育がムダだという意味ではなく、教育や学習の仕方を少しくらい変えただけでは、成績に劇的な変化を起こすことができないほど、いまの学校教育がみんなに行き届いていることを意味します。

 

それでは、英才教育の効果はどうでしょうか?

 

各種競技や学科の得意な子どもを選抜することで、彼らのモティベーションが上がり、当面のところ、どんどん能力が上がっていくことは大いにありえます。しかし行動遺伝学では知能への遺伝の影響は子ども時代は小さく、大人に向かって大きくなることがわかっています。小学生の場合、遺伝的な資質はまだ発現途上にありますから、この時点で子どもをエリートコースに振り分けるのは危険が大きいといわざるをえません。

 

 

■あらゆる文化は格差を広げる方向に働く

 

教育の1つの役割は、知識のない人に知識を、能力のない人に能力を身につけさせることです。文字を知らない人たちに文字を教え、計算のできない人に計算の仕方を教えれば、その人たちは成長し、今までできなかったこともできるようになる----。

 

ここで忘れられがちなのは、個人差です。確かに人々に教育を施すことで、全体としての知識や能力は上がりますが、同時に個人間の格差も拡大させる方向に働きます。

 

教育が一部の人にしか与えられなかったときには、能力や知識の差は、その教育を受けたかどうかという環境の差で説明することができました。しかし、誰もが教育を受けられるようになれば、遺伝的な差が顕在化してくるのです。

 

小規模な家族や部族で活動していた狩猟採集民の社会では、個人間の格差はそれほど大きなものではありませんでした。体力や判断力、記憶力など個人の能力に差はあっても、小さなコミュニティでは各人が自分の役割を担っていました。部族内の教育で伝えられるのは当たり前の具体的な知識ですし、文化内容に広いバリエーションがあったわけではありません。

 

やがて定住生活が始まり、国家が生まれ、18世紀には産業革命が起こります。身の回りのわかりやすい知識さえ学べばよかった時代から、科学技術や複雑な社会制度のように抽象的な知識を活用できる人材が求められる時代になっていきました。

 

世界的に知的能力が必要とされ、教育の目的も知的能力を増幅することに重点が置かれるようになりました。そこに教育資源が投入されることで、遺伝的な差がより顕在化していくこととなったのです。

 

 

■遺伝を受け入れた社会とは?

 

その結果、ほとんどの人間が不当な頑張りを強制されることになりました。知能は70%以上、学力には50〜60%くらいの遺伝率があります。学力の場合、さらに20〜30%程度、共有環境の影響も見られます。

 

学力の70〜90%は、子ども自身にはどうしようもないところで決定されてしまっているにもかかわらず、学校や親は子どもに向かって「頑張りなさい」というメッセージを発信し続けています。これは、科学的に見て、極めて不条理な状況でしょう。

 

それでは現代において、格差は広がるに任せるしかないのでしょうか? 親が子どもにしてあげられることは何もないのでしょうか?

 

『日本人の9割が知らない遺伝の真実』は、能力は遺伝するという科学的知見を踏まえ、これからの時代にあるべき教育の姿、社会のあり方を描きます。

 

なお、YouTube、ニコニコ動画では、安藤寿康教授とプログラマー小飼弾氏の対談を公開中です。



- [YouTube] 

https://www.youtube.com/watch?v=Ma_oR6XVk1U
 

- [ニコニコ動画]

http://www.nicovideo.jp/watch/1482748505

 

文:山路達也

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