時給愛人の耐えられない軽さ

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「時給愛人」とはなにか? 『「AV女優」の社会学』の著者、鈴木涼美が切り込む。

 

Text: Suzumi Suzuki
Illustration: Naoki Shoji (portraits)

 

 

リチャード・ギアとジュリア・ロバーツが主演するロマンティック・コメディ映画『プリティ・ウーマン』より。
Photo: Collection Christophel / AFLO

 

 

芸能界周辺で不倫糾弾の過剰な渦が巻き起こる反面、「国民の愛人」なんていうフレーズつきの美人グラビアモデルが人気を博し、国民のアンビバレンスをさらけ出した2016年であった。ポリティカル・コレクトネスを突き詰めるような風潮の中でも、「愛人」が人気モデルのキャッチフレーズに堪えうるものだという感覚はわからなくもない。背徳感と隠されることによって漂う色香、そして何より、古きよき時代のお金持ちの嗜みとしてのそれがこんなご時世に非現実的であるからこそ、ファンタジーに値するのだ。

 

 

そんなキャッチフレーズの向こう側にいる、現代の実際の愛人たちは、そのようなファンタジーを一蹴する様相を呈している。例えば「月にお手当て100万円」や高級マンションの一室をあてがう経済界や政治の世界のオオモノ、そのお手当てに甘んじて彼らのコイビトに収まる極上の美女たち、そういったイメージを保存するような存在は今、とても希少なものとなっている。代わりに「愛人」という名のもとに台頭しているのは、1回数万円で数時間だけ身体を明け渡す「時給愛人」たちである。

 

 

「パパ活」などという言葉で相手を見つける身軽な彼女たちの正体は、その半数以上が風俗嬢やAV女優である。他には、風俗という言葉に抵抗のあるホステスや昼職女性の休日の副業となっている場合も多い。相場は3万〜5万円、有名AV女優やグラビア・読者モデル経験者、客室乗務員やナースなど特別「おじさんウケ」の良い職業経験者であってもせいぜい10万円である。その金額でレストランでの食事とホテルでのセックスをして一般的には4時間の間、相手男性の「愛人」を務める。

 

 

窓口となっているのは交際クラブと呼ばれる男女の紹介、マッチングを行う会社、あるいはもともと税理士などの仕事で高収入男性へのツテを持っている個人による紹介である。彼らは風俗やキャバクラ、AVのいわゆる高収入の仕事紹介を生業とするスカウトマンを使い、街の女性たちを「パパ活」「交際」の名目で集め、プロフィール登録をして男性に有料で紹介する。クラブや個人が担うのはあくまで紹介、マッチングされた男女は表向き、自由恋愛をしていることになっているが、実際は女性たちは登録時に希望金額のすり合わせなどをしており、紹介者側も男性にわかるようにその金額を提示している場合がほとんどだ。伝え方は女性のプロフィールにふられた番号に暗号のように金額が組み込まれている場合もあれば、紹介者が口頭で伝えている場合もある。

 

 

それにしても、一昔前は「援助交際」なんていうそれもまた都合の良い造語で広く一般的に認知されていた一定金額を交わしてのデートやセックスが、「愛人」や「パパ」というかつては別のニュアンスの関係性を指していた言葉でくくられるようになったのはなぜだろうか。じつは、いかにも美しいグラビアモデルを「愛人」と名付けてしまうようなメンタリティととても近いところにその理由がある。

 

 

実際は時給愛人たちのお金をもらっての所作・行動は、時間制で女性を派遣するデリバリーヘルスのそれと酷似している。最も違うのは謳い文句である。はなから性的なサービスを売り物にするデリヘルに対し、パパ活による時給愛人たちにとってはあくまでも職業・仕事ではなく紹介と交際の結果としての性的サービスがある。そもそも女子大生キャバクラや素人風俗を愛するおじさま方の嗜好にそれはとても肌触りが良い。対する女性側も、デリヘル嬢や風俗嬢という職業意識のないままに「素人のまま」高額を稼ぐメリットを有する。風俗嬢たちにとっては、風俗嬢という自らの職業の名前を後ろに追いやる隠れ蓑にすらなる。

 

 

時給愛人という名の新たな風俗嬢たちは、スカウトマンの努力のかいあって今やあらゆる紹介業者や交際クラブに群がるように登録している。そこにあるのは、古きよき時代のお金持ちの密かな嗜みとしての「愛人」の響きに憧れながらも、月に100万円のお手当てやマンションを用意するには腰が引ける極めて現代的な効率主義の小金持ちのおじさま方と、グラビアモデルが冠するような「愛人」の響きに憧れながらも腰を据えた愛人にはなりえない現代の潜在的な風俗嬢たちの、奇妙に均衡の取れた関係である。

 

 

 

鈴木涼美
作家。2009年に東京大学大学院学際情報学府修士課程を修了。2014年に5年間勤めた新聞社を退社。同年、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』を刊行した。

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