【中年名車図鑑】“流面形”で、私をスキーに連れてって!

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大貫直次郎

世界ラリー選手権(WRC)にヤリスWRCを駆って復帰したトヨタ。初戦のラリー・モンテカルロで2位に入ってすごいと思っていたら、第2戦のラリー・スウェーデンでなんと優勝! 大したもんだ。「やっぱりトヨタのモータースポーツはラリーだな」と思われた諸兄姉、きっと80年代のセリカの活躍を思い出したことだろう。今回はWRCでも躍動した“流面形”こと4代目セリカで一席。

 

WRC参戦のベースモデルとして生まれた「GT-FOUR」。1987年公開の『私をスキーに連れてって』でも脚光を浴びた

【Vol.3 4代目トヨタ・セリカ】

バブル景気の助走期となる1980年代中盤、日本の自動車マーケットはスポーティで高性能を謳ったクルマ群で活況を呈していた。その最中、トヨタ自動車工業の開発陣は元祖スペシャルティカーのセリカをどのようにフルモデルチェンジするかで議論を重ねる。ユーザーの指向が多様化した今、ひとつのモデルで多くのニーズを満足させるのは困難。同一プラットフォームを使ってイメージの異なるクルマを開発することは必要不可欠だろう。販売店別の車種ラインアップを強化する意味でも、この方策は有効だ――。こう考えた開発陣は、次期スペシャルティカーを3つのキャラクターでリリースする方針を打ち出す。さらに上級版のセリカXXについては同シリーズから切り離し、ソアラのランニングギアを使用してより高性能を誇るスペシャルティカーに発展させる決定を下した。

 
1985年8月、4代目に当たるST160型系セリカが満を持してデビューする。同時に兄弟車となるカリーナEDとコロナ・クーペも発売された。ボディタイプは各車で明確に色分けされ、セリカは3ドアハッチバック、カリーナEDは4ドアハードトップ、コロナ・クーペは2ドアノッチバックを採用していた。

 

 

■“流面形”のキャッチを冠した4代目セリカ 

 

第4世代のセリカでとくに注目されたのは、そのスタイリングとメカニズムだった。スタイリングは“未来へ抜ける、エアロフォルム”を標榜する流面形ボディを採用。3つの面で構成されたスラントノーズとフルリトラクタブルのヘッドライト、滑らかな曲線を描くサイド回り、面一化されたウィンドウラインなどで実現したボディは、空気抵抗係数(Cd値)0.31の優秀な数値を実現した。メカニズム面ではセリカ初のFF(フロントエンジンフロントドライブ)レイアウトの採用を始め、レーザーαシリーズと名づけたツインカム16Vユニット(3S-GELU型1998cc直列4気筒DOHC16V/4A-GELU型1587cc直列4気筒DOHC16V)、4輪ストラットの“ペガサス”サスペンション、新4輪ディスクブレーキ(GT系)などが話題を呼ぶ。カラー液晶デジタルメーターや8ウェイスポーツシートといった新デザインの内装パーツも好評を博した。

 

4代目セリカの特徴といえば、なんといっても流麗なスタイリング。「流面形ボディ」と呼ばれ一世を風靡した

80年代中盤のトヨタの新技術を目一杯に盛り込んだ4代目セリカは、たちまち同クラスの人気モデルに発展する。また、同時期にデビューした“エキサイティング・ドレッシー”ことカリーナEDの販売成績も好調に推移した。
 

この勢いをさらに増すために、トヨタはセリカのバリエーションを積極的に増やしていく。1986年10月にはWRC(世界ラリー選手権)参戦のためのベースモデルとなる「GT-FOUR」をリリース。水冷式インタークーラー付きのターボチャージャーや独立ポートエグゾーストマニホールドなどを組み込んだ3S-GTE型1998cc直列4気筒DOHC16Vターボユニットは、当時の国産4気筒エンジン最強の185ps/24.5kg・mを発生する。また、駆動機構にはセンターデフ方式のフルタイム4WDを、懸架機構にはサブフレーム構造のリアサスペンションメンバーなどを、タイヤにはピレリP600(195/60R14 85H)を、内外装には専用エアロパーツや丸型フォグランプ、部分ファブリック本革シートなどを採用。究極のスペックを持つ本格的な高性能スペシャルティに仕立てた。1987年8月にはマイナーチェンジを実施して新鮮味をアップ。さらに同年10月にはコンバーチブルを設定し、スペシャルティカーとしての新たな魅力を加えた。

 


■WRCのグループAで活躍したST165型ベースのGT-FOUR
 
WRCは1987年にトップカテゴリーがグループAに変更される。ここに参戦したのが、流面形セリカのST165型GT-FOURだった。GT-FOURは1988年1月にホモロゲーションを取得。同年5月のツール・ド・コルスでデビューし、K・エリクソン選手が6位に入賞する。1989年シーズンはフル参戦し、9月のオーストラリアにおいてJ・カンクネン選手のドライブで初優勝を遂げた。熟成が進んだ1990年シーズンは5勝(内ニュージーランドはマニュファクチャラーのタイトルがかかっていなかったため、チームとしては4勝)を上げ、その内の4勝を獲得したC・サインツ選手がドライバーズタイトルを手にする。ST165型では最後の本格参戦となる1991年シーズンはC・サインツ選手が5勝、A・シュワルツ選手が1勝を上げるものの、残念ながらリタイアも多く、タイトルは獲得できなかった。

 

トヨタのWRCといえばGT-FOURをイメージする人が多いはず


GT-FOURはWRCの舞台以外に、映画のシーンでも脚光を浴びる。1987年に公開された『私をスキーに連れてって』において、雪道を颯爽と走るGT-FOURが注目を集めたのだ。ちなみに、同映画の主演を務めた原田知世さんは当時、カローラⅡのイメージキャラクターに起用されていた。

 

販売店別にスペシャルティカーのキャラクターを変え、その中で最もスポーティにアレンジした流面形セリカは、結果的に若者ユーザーの心をがっちりと掴み、ヒットモデルに昇華する。ラリーの舞台でも、抜群の存在感を見せた。その軌跡は、歴代セリカのなかでも初代に続くほどの活躍ぶりといえるだろう。4代目セリカは、トヨタ製スペシャルティカーの中興の祖といえるモデルなのだ。
 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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