男性蔑視?今度は「ENEOSでんき」がプチ炎上 、男性学・田中俊之先生に聞いてみた

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ENEOSでんきのCMが、男性蔑視だとして炎上しましたね。「安い電気か、稼ぎのいい夫か」。うーん、家庭の電気料金程度で引き合いに出されて存在価値をうんぬんされて、被弾する夫たちも受難です。でもこれ、女性が聞いても「もう少し他に言い方があるんじゃないの?」と思う表現ですよね。メディアに引っ張りだこの男性学論者、武蔵大学社会学部助教・田中俊之さんに、「これって男性蔑視だと言われますが、どうなんでしょう?」とお話をうかがってみました。

 

 

■「奥さん、ウチにしませんか」――売電営業はみんな「奥さん」を狙う

 

田中俊之

田中俊之

1975年、東京都生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。単著 『男性学の新展開』(青弓社)、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社プラスα新書)。「日本では“男”であることと“働く”ということとの結びつきがあまりにも強すぎる」と警鐘を鳴らしている男性学の第一人者。

↑citrusオーサーでもある、男性学第一人者の田中さんに聞いてみました

 

 

昨年4月の電力自由化に伴って、売電事業に乗り出した各社が一斉に法人や家庭の電力を獲得せんと乗り出しました。法人や大規模ビルなら光熱系担当者への日参、家庭なら奥さん狙いのマーケティングです。去年の春から「もう電気会社変えました? まだ東京電力さんですか? じゃあ電気をウチに変えてくださいよ奥さん」ってんで、あちこちの見知らぬ営業担当者から一斉に「奥さん」呼ばわりされるから気持ち悪くて仕方のない私。ええ、実際まごうかたなく奥さんなんですけどね。

 

これ、つまりは2016・17年の現代において、いまだに家庭の細かな光熱費管理なんかは奥さんがやるもんでしょ、握ってるんでしょ、という根強い世間の認識があるってことです。で、ENEOSでんきもその認識通りに主婦向けのCMを打ち、小さく(←ここ大事)物議を醸しました。

 

「安い電気か、稼ぎのいい夫か」 「ENEOSでんき」CM炎上

 

実は私「こんなCMがあったんだ」って、編集さんから知らされて初めて認識したんですよ。でもひとたび意識すると、よくテレビで映(や)ってることに気づく。CMのセンスがぜんぜん引っかからなさすぎて、見逃していたんです。

 

さてこの「炎上」騒ぎ、いつもとは違う様相を呈していました。第1に「差別された側(今回は男性)が怒っていると思いきや、まわりまわって女性も怒っていた」。第2に「炎上だ! とあちこちで報じられた割には、火柱がショボく、すぐ鎮火した」。いったい何がどうしてそうなったのか、何が起こっていたのか? 「男性だからこそ抱えてしまう悩みや葛藤」を扱う男性学の大人気論者、田中俊之さんの意見をうかがってみましょう。

 

 

■田中先生、これは男性蔑視にあたりますか?

 

「このCMの表現はジェンダーハラスメントにあたると考えます」と、田中俊之さんは話します。「女性は若さと美しさ、男性は仕事上の経験と業績で評価されてきました。現在、性別に基づいた偏見の中でも、女性を若さと美しさのみで評価することの問題は広く認識されるようになったと思います。ただ、男性を仕事上の経験と業績のみで評価することの問題性にたいしては認識が不十分なんです」(田中さん)

 

確かに、私たちの社会は「仕事ができるのがいい男。稼げない男はダメ男」と考え、そこに疑いを挟むことなく、はばかることなく口にしてきたように思います。そう考えると、「オトコは○○大卒以上じゃなきゃ」「年収○○万以上じゃなきゃ」と婚活の場面で公言する女性は、翻って「年いくつ?」「スリーサイズいくつ?」と聞かれても怒ってはいけないのかもしれません。逆もまた真なりです。だって、ジェンダーに縛られた価値観構造の中に疑いなく身を置いて、表面的な「価値」と「価値」の交換に応じてしまっているのですものね。

 

「男らしさ、女らしさの押しつけはジェンダーハラスメントとして問題化されるべきです」と田中さん。男性からの反響の中にも、「これが『安い電気に変えるか、稼ぎのいい夫に変えるか』でなく『安い電気に変えるか、やりくり上手の妻に変えるか』だったらどれほど大きな問題になるか」との指摘がありました。なるほど、私たちは男性へのジェンダーハラスメントに、かなり無自覚な部分があるようです。

 

 

■なぜ回り回って女性も怒ったの?

 

SNSやウェブニュースのコメントで目立ったのは、小池栄子さん演じる妻の描かれ方に対する、女性からの批判でした。「女性活躍の時代だとは言われても、いまだにテレビやCMでは自分では稼がず夫の稼ぎに頼って文句を言う主婦が描かれ続けるのには失望」「CM制作や企業が持つ社会観の貧しさや限界を感じる」。光熱費節約のために夫の稼ぎを上から目線でどうこういう言う専業主婦という立場に女性を置いて描くのは、日本の女性を侮っているのではないかとの見方です。

 

田中さんは「男らしさ、女らしさの押しつけは性別を問わずに問題だというスタンスならば、女性が怒ってくれるのは男性としてありがたいことだと思います」と言います。現代的なセンスを持っているなら男性でも女性でも違和感を感じるCMの内容。でも「失望」「限界を感じる」との女性視聴者の言葉に代表されるように、視聴者は怒りつつもどこか諦めたような、冷めた視線を送っていたようにも感じられます。

 

 

■最近、やたらと女性蔑視・男性蔑視でCMや広告が炎上する理由

 

それにしても近年の度重なる「性差別問題でのCM・広告炎上」は、あまりにも頻繁です。これは視聴者の側にジェンダーフリーの意識が育ったということなのか、それとも……。

 

「ここまでの話と矛盾する部分もありますが、ネットの炎上は不倫問題などをみても、非の打ち所がない『正論』をかざして、『間違った人々』を糾弾し、スッキリして終わりという側面がありますよね」と、田中さんは指摘します。炎上と鎮火のメカニズムは、確かにそういう人々の不満や鬱屈の吐き出し先としての性格を持っていますが、「ジェンダーハラスメントは男性が対象であっても肯定されるべきではないという議論が深まらず、スッキリするための道具として『消費』されてしまうのであれば残念です」(田中さん)

 

つまり、炎上は一見、社会的議論かのような顔をしているけれど、実際には話題を提供する手段として、CMを打つ側に有利に働いてしまうのです。2015年ごろから、ウェブCM、地方創生・企業のイメージキャラクター、広告など、特に女性の描かれ方が必要以上に扇情的だ、一面的で性差別的だと多くの批判を浴びてきましたが、一方で、その中にはこのような形で話題になることに味をしめ、2匹目、3匹目のどじょうを狙ったのではと察せられる炎上マーケティングもありました。今回のENEOSでんきが「炎上だ!」とウェブニュースなどで一瞬騒がれた割にすぐ鎮火してしまったのは、それが女性差別でなく男性の側への差別だったために気づけるひとが少なかったこともありますが、視聴者がこういった話題にもう飽き飽きし始めたことも一因だと考えられます。

 

田中さんによれば「ハウス食品のぼく食べる人、わたし作る人というCMがフェミニストに痛烈に批判されたのは何十年も前のことです」とのこと。以来「性差別炎上ネタ」は尽きずに供給され続ける。もしや日本社会には学習能力がないのか、あるいは拭い去ることなど不可能なレベルで、性差別意識が社会に染み込んでいるのかとも思える、長い歴史です。

 

「エネオスでんきにかぎらず、性別役割分業を自明視しているCMは、例えば食品や洗剤などで多数あるので、今回の騒動がそうした表現の問題をめぐる議論にまで広がればいいですね」と、田中さん。「炎上」で一過性のストレスのはけ口として消費してしまうのでなく、私たち視聴者、消費者が「これおかしくない?」と感じたものを指摘し、考え続けていくことが大切なのですね。

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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