「夢を持つこと」は本当に素晴らしいのか? 夢に縛られず自由に生きることのススメ

ライフハック

 

「夢を持つこと」は、無条件に素晴らしいこと、よいことである。そんな風潮があるような気がします。しかし、本当にそうでしょうか。思い込みを外して、バイアス(偏見)をゼロにして、少し自分の頭で考えてみましょう。すると、今まで常識だと信じ込んでいたことが、実は誰かがつくった都合のいいルールに過ぎなかったことに気づかされるでしょう。

 

■「プロ野球選手になること」は、本当にイチロー本人の夢だったのか?

 

小学生に将来なりたい職業を尋ねると、今は男女ともにトップは医師なのだそうです。男子は野球選手、サッカー選手、宇宙飛行士あたりが上位に来る。女子はもっと現実的でパティシエール、薬剤師、教師といった職業が人気です。

 

さて、ではプロ野球選手という夢を抱いたとして、いったい何%の人がそれを叶えているでしょうか。当たり前の話ですが、かのイチロー選手だって「おぎゃあ」と生まれた瞬間に「野球がやりたい」と言ったわけではない。親が選択して、野球ができる環境をつくり上げたのです。成功したから事後的に「英才教育だった」と言われるでしょうが、つまりあれはイチロー選手の夢じゃなくて、もとはと言えば親の夢だと言えるかもしれません。

 

■そもそも「夢を持つこと」は、果たして本当によいことか?

 

同じような家庭は山ほどあるでしょう。ただ、イチロー選手はたまたま運よく成功した事例であって、99%以上の子どもの夢は叶わないのが実情です。あるいはオリンピックでメダルを取るような選手は何年に1人、何十年に1人という逸材です。たった1人が栄冠をつかむその陰に、いったい何人の人が夢に敗れているのか。そう考えると、子どもに夢を持たせることは、本当によいことなのか、疑問に思えてきます。

 

■能力がないのにいくら夢を持っても、「結局、叶わないで傷つくだけ」!?

 

能力が高ければ高いほど、可能性は広がる。当然ながら、能力が高い人が夢を持てば、それは無敵です。一方で、能力の低い人はどうしても可能性に限界がある。プロ野球選手を目指してどんなに努力しても、可能性の限界は「草野球の選手」なのかもしれません。そうなると「能力がない分野でいくら夢を持ったとしても、結局叶わないで傷つくだけ」ということになる。僕はこれがリアルな事実だと思います。

 

■僕が、「夢を持つなら、1万個くらい持ちなさい」と言う理由

 

ただ、野球の能力はなくても、たとえばコミュニケーション能力はすごく高いかもしれない。だったら自分の能力の高い分野で、才能を発揮すればいい。そうすれば、そもそも可能性が広がったフィールドで勝負できるので、夢が叶う可能性は高まります。

 

だから僕は「夢を持つなら、1万個ぐらい持ちなさい」と言っています。子どもには1つの夢を強要するのではなく、夢を描くためのできるだけ広いフィールドを提示してあげるべきだと思います。子供には○○になってほしい。これはまぎれもない親のエゴです。その子ども独自の能力が花開くように、そもそも成功する可能性が高いフィールドを一緒に探す、サポーターのような存在であればいい。それが親の愛だと思います。

 

■夢を「できない言い訳」に使っている人は、意外に多い

 

僕が危惧するのは、「夢が言い訳に使われる」ことです。少し話が横道にそれますが、「私は文系です」「理系です」という表現はほとんどの場合、言い訳です。要するに、「数学ができなければ文系」「文章を書くのが苦手だったら理系」。あらかじめ自分のできないことを、相手にエクスキューズ(言い訳)として伝えているのです。これが「数学ができるから理系」「文章が得意だから文系」と使われるのならばいいのですが、ポジティブな意味として言っている人はほとんどいないというのが僕の実感です。

 

■文系・理系を口にする人は、「半分、人間を辞めている」

 

僕自身はあえて分けるとすれば研究分野は理系ですが、文章を書くことにまったく抵抗がありません。研究した結果は論文で文章として表現できなければならないわけで、理系にも必要な能力です。学問の世界のみならず、理系だけでできる仕事、文系だけでできる仕事など現実社会にはありません。極端に言えば、「僕は文系」「私は理系」と言っている人はもう半分、人生を捨てているのです。

 

「僕、能力ないんです」
「努力するのもいやだし、能力もないから、担当は半分だけにさせてください」

 

と言っているのと同じです。半分、人間を辞めているのです。

 

■「夢を叶えるために人生を棒に振る」なんて、あまりに本末転倒だ

 

夢も同じように「できない言い訳」に使われることが非常に多い。
「僕は野球を一所懸命にやるから勉強しなくてもいい」
このロジックはけっこう使われていて、結局、スポーツも中途半端になって、しっかり学んでもないから、社会で活躍できない大人になってしまう人は多い。夢を追い求めること自体を悪いとは言いませんが、それで人生を棒に振ってしまうならば本末転倒です。

 

■1つの夢に縛られず、もっと自由に「未来の生き方」を想像しよう

 

そもそもこれから社会は大きく、しかもとんでもないスピードで変化します。既存の職業の中だけで夢を描くのは、すでにナンセンスなのかもしれません。またAIとロボットの進化によって、多くの職業がなくなるとも言われています。そうした中で、夢はいまや将来を制限するものになっている可能性さえある。もっと自由に未来の生き方について発想すべき時代なのです。

 

だから夢を持つならば1万個。

 

「どの分野で、何をしたらおもしろそうか」
「社会をよい方向に導けるのか」

 

一切制限をかけずに、どんどんアイデアを出していく。そんな自由な議論が展開されるべきだと思います。

 

【関連書籍】
枠を壊して自分を生きる。』(三笠書房)

 

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アンドロイド研究者

石黒浩

1963年、滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。大阪大学大学院基礎工学研究科教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。 人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究開...

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