【劇作家劇場】小劇場俳優たちが憧れる山田太一作品のドラマ

エンタメ

劇作家 松井周

 

小劇場の世界で俳優の仕事をしていると、さまざまな方が作品を観に来てくださるので、たまにCMやドラマ、映画などの映像の仕事が入ってくることがあります。オーディションを受けてその役を獲得するということもあるのですが、なかなか簡単には行きません。僕の場合、二十年前だと、五十回受けて、二、三回通ればいいほうという感じでした。ビデオの前で自己紹介をして、その場にいる他の俳優と簡単に演技をしたり、アシスタントの方と演技をして、すぐに終わります。うまくできたなんて思えたことはほとんどなく、「ああすればよかった!」みたいな後悔に襲われます。

 

最近は舞台を観に来て下さったCMの監督さんやキャスティングを手がける人に声をかけてもらってCMの仕事をすることが多いです。ドラマはほとんど出たことがありません。歯並びも悪いし、一度見ても忘れてしまうくらいの地味な顔立ちなので、大それた野望は抱いてません。それでも使ってくれる方がいてくれるのはありがたいので、「こんな私でよろしければ」というスタンスでたまに映像に出たりしています。

 

自分が出る出ないかは別として、映像の世界に憧れはあります。あのドラマに参加したいとか、実際どんな現場だったのかを知りたいという気持ちです。僕の場合、一番の憧れは山田太一作品ドラマ。僕は十代の頃、夢中でテレビドラマを観ていた時期があります。脚本集も買いあさりました。もう完全にミーハーですが、観ていたドラマの中にいた人たちに会いたい。具体的には、とにかく『ふぞろいの林檎たち』(以下、ふぞろい)の中井貴一と時任三郎と柳沢慎吾、石原真理(旧芸名:石原真理子)と手塚理美、中島唱子たちに会いたいです。会ってどうするかと言っても、感謝を述べるぐらいなのですが……。

 

このドラマは僕にとって決定的でした。三流大学の男子同級生が出会いの機会がないことに業を煮やし、そのコンプレックスを抱えながら、合コンを企画し、同じように出会いがない女性たち(看護師、一流女子大生)と少しづつ交際を始める話です。1983年に始まったドラマは間を置いてシリーズ化され、1997年のパートⅣまで放映されました。学歴差別や学生から社会人になってからの幻滅や希望、セックス、不妊、バブル景気、転職、離婚、死別など、おとなになっての人生で起こることのほとんどが盛り込まれているようなシリーズです。

 

言うまでもないことですが、山田太一の脚本が圧倒的に面白く、しかもそれを体現する俳優たちの成長するさまがリアルで、視聴者も自分の現在の境遇と照らし合わせながら、追うように観続けたのではないかと思います。これと同じような流れのドラマとして、倉本聰脚本の『北の国から』があるでしょう。どちらかと言うと、『北の国から』は国民的なドラマとして認識されている中で、『ふぞろい』は影が薄くなっている印象もありますが(そんなこともないか)、僕にとっては『ふぞろい』のドライな感じに惹かれています。

 

山田太一脚本のどこが魅力的かというと、会話のディテールです。このリズム感は山田太一節とも言われるほど独特で、言ってみたくなるし、こういう時あるよなあと思わせるものだと思います。例えば、実(柳沢慎吾)が経費を精算しようと、女性事務員に話しかけるシーン。事務員は実のことを好きなのだが、実に恋人がいることを知り、ムッとしている。

 

華江「(うんざりした声で)西寺さん」
実「はーい(とややへつらう明るさでこたえる)」
華江「(にこりともせず)こんなの全部駄目(と伝票をほうる)」
実「全部って??どういうことよ」
華江「課長ンとこ持ってけないわよ(と傍のコートを着にかかる)」
実「(ほうられた伝票をとり)何処がいけないのよ?不正な請求なんてしてないよ。このタクシーはさ、三時までに届けろって、立花さんからしっかり釘さされてよ」
華江「あそこは電車で行って、走った方が早いの」
実「どうしてそんなこといえるのよ」
華江「京浜工機は、昔からそういうことになってるの」
実「担当じゃねえもん、教えてくれなきゃ知りようないじゃ(ない)
華江「とにかくあそこのタクシーは出ないの」

(『ふぞろいの林檎たちⅡ』大和書房)

事務的な手続きのほんの一シーンで、実際にキャラクターたちがどんな仕事をしているかが、説明的でなく浮かび上がってきます。しかも、そこにも私情が絡んでいて、めんどくさかったり、滑稽だったりする人間関係が描かれているのです。

 

俳優たちとよく昔のドラマの話になります。そうすると、山田太一ドラマの名シーンのセリフを暗唱できるよと豪語する俳優や、同じ脚本家の『早春スケッチブック』や『思い出づくり。』に衝撃を受けたという俳優と出会って、話が止まらなくなります。俳優にとってセリフは栄養あり、武器であり、その時の俳優の仕草はこうで、表情はこうでという話は最高の酒のつまみなのです。

 

僕自身もそうですが、彼らも面白い脚本のセリフを言いたいというシンプルな欲望があると思います。当たり前といえば当たり前ですね。いや、例えば芸能界に飛び込んで有名になるという感覚でいる人はあまり多くないだろうということです。最近の作品で言うと、演技の稽古をする時に『カルテット』の台本を使いたいという者もいました。これもセリフが独特で一度は口にしてみたいという気持ちがよくわかります。きっと、俳優たちはとにかく面白い作品に骨の髄まで浸かって、そのフィクションの世界の一部になりたいという欲求に満ちているのだと思います。

 

映画やドラマに限らないことですが、俳優はフィクションという世界の成立に力を注ぎたい、その世界の登場人物に身体を貸したいという人たちばかりです。そこに面白いセリフがあって、ある世界がつくられようとするなら、その世界の成立に手を貸さずにはいられないのではないでしょうか。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

松井周

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

松井周のプロフィール
ページトップ