レシートに記載した名前からストーカー被害のリスクも…従業員は氏名表示を拒めないのか?

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先日、朝日新聞に「担当者名のレシート印字は危険」という投書が掲載されました。投稿したのは23歳の東京都の女性。小売店でアルバイトしていたときに、知らない人からSNSで「レシートに名前があったので検索しました。バイト先の近くに住んでるんですか?」とメッセージが届き、怖い思いをしたという内容でした。

女性がアルバイトをしていた店ではレシートにレジ担当者の氏名が印字されるようになっており、それを見た客がメッセージを送ったようです。この投書を通して、なぜ店舗などの利用者へ担当者の氏名表示をおこなうのかSNSでも議論を呼びました。果たして、従業員の意思で氏名表示を拒むことはできるのでしょうか。ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。


■小売店のレジ担当者に「氏名表示の必要性」はない?

従業員の氏名表示は小売店側で当然のようにおこなわれており、普段それほど意識することはなかったでしょう。しかし過去に氏名表示の是非について裁判で争われたことがあります。以下2つの裁判例は、郵便局職員に対してネームプレートの着用を義務付けたことの是非が問題となっています。
 

「氏名表示の目的、必要性、氏名表示の態様、氏名を表示することによる不利益の程度を総合して判断して、氏名表示を強制することに正当な理由があれば義務づけも許される」(仙台地方裁判所判決平成7年12月7日)
「会社が従業員に対してするネームプレートの着用命令が必要かつ合理的なものであるかぎり違法性はなく、ネームプレート着用によって原告らの氏名の表示にかかわる法的な利益を侵害されたものということができないことは明らか」(東京地方裁判所判決平成11年12月8日)


いずれも結論としてネームプレートの着用について義務づけが認められた事例です。諸要素を総合考慮して当否を決定するという立場をとっており、義務づけが許される条件として「氏名表示の目的、必要性」「氏名表示の態様」「氏名表示による不利益の程度」の点を考慮し、正当な理由があることを求めています。

雇用者側が意図する氏名表示の“目的”として、対外的には「問合せへの対応」や「信頼の獲得」、対内的には「責任感や連帯感の醸成」という点が挙げられます。では問題となった投書にある、小売店の従業員の場合でも同様に判断されてしまうのでしょうか。

利用者からの「問合せへの対応」は、氏名表示をせずとも、雇用者が各従業員に固有の識別番号を割り当てて、識別番号を印字することで目的を果たすことができ、代替できる手段はあります。また小売店の場合、問合せは従業員単位でよりも、店単位で行われることが多いでしょうから従業員個人を特定しなければならない必要性は低いでしょう。

「信頼の獲得」が氏名表示の目的となる場合、商品が高額かつ接客の内容が利用者のニーズを汲み取り商品を勧めるようなもの、あるいは客の個人情報を取り扱うようなサービスであれば、氏名の開示は妥当と言えます。投書にあったような小売店のレジ担当者にそのような職務が課されていることは想像しにくいため、氏名を開示する必要性は低いでしょう。

従業員間の「責任感や連帯感の醸成」についても、必要性という観点では根拠にはなりません。責任意識によるミスの削減は研修や指導によって達成することが可能ですし、連帯感を醸成するといっても、小売店の従業員にそこまで強い一体性は求められていないはずです。

そして、裁判例の当時は郵政民営化の前であり郵便局職員は公務員です。利用者に対する信頼の獲得や問い合わせ対応の便宜を図ることが強く求められる立場にあったといえます。アルバイトと公務員という立場の違いも考慮すると、氏名表示の必要性の低さがおわかりいただけると思います。


■若い女性にとってフルネームでの氏名印字は危険すぎる

氏名表示により生じる従業員への不利益も考慮しなければなりません。雇用者が氏名表示を義務付けるために確認すべき条件のひとつ「態様」──すなわち氏名表示の体裁は、フルネームか名字のみか、漢字か平仮名または片仮名かによって、個人特定のリスクが変わってきます。

投書の事例はフルネームでの印字でした。態様としてもっとも詳細で、被雇用者にとって非常に重いものとなります。さらに裁判例の郵便局員のネームプレートの場合は短時間目に入るだけであるのに対し、レシートは店外に持ち出されるうえ長期間保管しておけるものですから、余計に従業員の不利益は大きくなってしまいます。

実際に、本件の投書者は見知らぬ人物からメッセージを送られ、居住地域について尋ねられ恐怖を感じる「不利益」を被っています。若い女性はストーカーや性犯罪の対象となるリスクが高いため、不利益の程度はより大きいといえます。また、少人数の会員制の店よりも不特定多数の人が訪れる店のケースのほうがリスクが高く、不利益の程度が大きくなります。

また、氏名表示の義務付けが認められた裁判例の判決時点では、日本でFacebookのような実名SNSがあまり普及していなかったりと、社会的な背景も異なります。現在では、わずかな情報を手掛かりにSNSを通して本人のプライバシーに関わる情報まで辿り着くことができますし、いったん情報が拡散してしまうと、全て回収・消去することも困難であるため、個人が被る危険性は計り知れないのです。

以上のような点から判断すると、少なくとも小売店アルバイトのレジ業務において、従業員のフルネームをレシートに印字する必要性があるとは断言できません。しかし、店舗側が固く「規則」として氏名表示を義務付けている場合、雇用時に同意してしまったのならば規則違反となってしまいます。こちらは事前に確認をおこなうべき点ですのでご注意ください。

今回の投書をおこなった女性の店では、以降、レシートへの印字は名字のみになったそうです。この出来事をきっかけに、従業員のプライバシー権についての議論が建設的に発展すること期待します。SNS隆盛の現代、これまで以上に個人情報保護の必要性について再検証すべきときがきています。

監修:リーガルモール by 弁護士法人ベリーベスト法律事務所

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海嶋文章

海嶋文章

弁護士。法科大学院卒業後、弁護士法人ベリーベスト法律事務所に入所。「千里の道も一歩から」を職務信条とし、依頼者の心情を考慮し、ニーズに合った最良のリーガルサービスの提供に努める。趣味は野球観戦、卓球。...

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