【今週の大人センテンス】救急隊員の食事についての「お願い」をめぐる騒動

話題

 


巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

第56回 クレームを過剰に気にする風潮が蔓延
 

「出動体制は維持しておりますので、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。」by船橋市消防局救急課


【センテンスの生い立ち】
4月26日、ツイッターに千葉県の船橋市消防局が制作した告知文の画像が投稿された。船橋市内の病院で撮られたもので、そこには「救急隊が飲食物を購入している場合は、連続する救急出動で飲食が摂れないときです。」という説明に続いて、このお願いが書かれている。この投稿に対して、わざわざこんな告知をしなければならないことへの疑問が大量に寄せられた。他県での似たケースとも合わせて、世知辛い風潮を嘆く声が広がっている。


【3つの大人ポイント】
  • 「理解」を求めざるを得ない寂しさが伝わってくる
  • こんな予防線が必要な風潮への静かな怒りが伺える
  • 責任を回避したいという思惑もちょっと漂っている

いつごろからでしょうか。スーパーなどのトイレで「このトイレは従業員も利用させて頂いております」という貼り紙を見るようになったのは。「トイレでの挨拶は控えさせていただきますので、悪しからずご了承下さい」と書いていることもあります。そりゃあ、従業員だってトイレを使うだろうし、用を足している最中に「いらっしゃいませ!」と元気よく挨拶されたら、けっこう困ります。

しかし、こういう貼り紙があるということは、お客さんから「従業員が客用のトイレに入ってくるのはケシカラン!」「トイレで従業員が挨拶しなかった!」といったクレームが入ったってことですよね。明らかに的外れなクレームであり、イチャモンの一種と言っていいでしょう。そしていつしか、こうした用意周到な貼り紙をトイレに掲げておくことが当たり前になり、私たちもこうした貼り紙を見ても違和感を覚えなくなりました。

似たような「イチャモンクレーム対策」は、いろんなところで行なわれています。先日、ツイッター上で盛り上がったのが、千葉県の船橋市消防局が作成した告知文の画像についての話題。あるユーザーが市内の病院で見つけた貼り紙には、こう書いてありました。
 

船橋市消防局からのお願い
救急隊は連続する出動などのため、食事が摂れない場合があります。
そこで… ご理解をいただいた病院の売店等で飲食物を購入し、飲食を摂ることにしました。
※救急隊が飲食物を購入している場合は、連続する救急出動で飲食が摂れないときです。
出動体制は維持しておりますので、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。


画像がアップされると、たちまち「そんなことでクレーム入れる人がいるの?」「飯も食わずトイレにも行かず水分補給もせず働き続けろというのはおかしいだろ」「世知辛い」といったコメントが寄せられたとか。ネット上での盛り上がりを受けて、船橋市消防局に経緯や意図を尋ねた記事がwithnewsに掲載されています。

「救急隊員の食事、ご理解を…」 病院内のおことわり文は必要か?(withnews)


記事によると、他市の消防本部でコンビニで買い物をしている救急隊員に対して「仕事中に買い物をして良いのか」という苦情が来たことなどから、病院に食事を摂ることについての協力を依頼。「食事のための部屋の準備や、売店での買い物について、ご理解とご協力をいただいたので、このようなお知らせを掲出し、買い物をしている救急隊員へ理解を求めているものです」とのこと。ちなみに、救急隊員の食事に関して、これまでに市民からの苦情や問い合わせが寄せられたことはないそうです。

また、ほぼ同じタイミングで同じような違和感を振りまいて話題になったのが、4月26日付の「中日新聞」に載ったこの記事。

消防車でうどん店寄る 一宮市消防団員7人(中日新聞)


消防団の分団長を含む団員7人が、制服姿のまま消防ポンプ車で市内のうどん店に行って昼食を取ったところ、市民からメールで「消防車がうどん店にあった。おかしくないか」と写真付きで指摘がありました。そのため市消防本部は、「消防車で飲食店に乗り付けるのは非常識」として、分団長に口頭注意。分団長は「次の予定があり、このタイミングで昼食を取るしかなかった。軽率だった」と話したそうです。

当初、一部では消防団員の行動を非難する方向の報道もありましたが、あっという間に「べつにいいんじゃないの」「そんなことに文句言ってないで、ご苦労様のひと言も言ったらどうだ」と団員をかばう気運が高まりました。イチャモンクレームを付ける市民がいて、クレームがあると悪いことをしたわけじゃないのに注意を受けてしまう――。そんな窮屈な風潮や理不尽さに対して、イラ立ちを覚えている人はたくさんいるようです。

ふたつの似た出来事は、いろんなことを考えさせてくれました。イチャモンクレームを付ける人に腹を立てるのは簡単ですが、いつの時代もどんな社会にも、ヘンなことを言う人はいます。そして、たとえ的外れでもその人がどう思うかは自由です。より罪深いのは、イチャモンクレームがあったときに弱腰な対応しか取れなかったり、イチャモンクレームを恐れて過剰な予防線を張ってしまったりする側ではないでしょうか。

イチャモンクレームを受けたときに、ちゃんと説明したり適当にあしらったり毅然とはねのけたりするのが、責任者の役割です。的外れなクレームだとわかっているのに、下の立場の人に注意をして「やることはやった」という顔をするのは、保身を優先した卑怯な責任逃れでしかありません。過剰な予防線を張りたがるのも、何か言われたときに隊員を守ったり、責任を負ったりする覚悟がないことを示しているように見えます。

ただ、あらかじめ事情を説明して「皆様のご理解とご協力をお願いいたします」と言っておいたほうが、隊員としても「あっ、サボってる」といった誤解の目で見られなくて済むでしょう。結局、反省すべきは、常に他人のアラ探しをしたがる自分たちなのかも。こうした出来事があるたびに、クレームを付ける側や弱腰な対応をする側を批判してしまうのも、言ってみればアラ探しの一種であり同じ穴のムジナです。したり顔で世知辛さを嘆くことが、さらに世の中を世知辛くすることに貢献している可能性も無きにしも非ず。

今回の「3つの大人ポイント」に込めた思いは、ちょっと複雑です。この告知文を称賛したいわけでもないけど、よく考えたら一概に責めるわけにもいきません。いろんなことを考えさせてくれたという意味で、書いた側の事情も慮りつつこのセンテンスを選びました。手ぐすね引いて誰かや何かをどう批判するかを考えるより、さまざまな気に食わないことに対して、どうスルーするかやどう許すかを考えたほうが、自分にとっても世の中にとってもたぶん有意義です。目先の誘惑に負けず、がんばってなるべく心穏やかに過ごしましょう。


【今週の大人の教訓】
「世知辛さ批判」は自分で自分の首を絞めることになりかねない
 

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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