【今週の大人センテンス】北方謙三が「ソープに行け!」に込めた真剣な思い

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

第57回 すべての「小僧ども」への熱い励まし
 

「悩むのはいいし、相談するのもいい、でも自分で決めない限り、人生は一歩も進まない。」by北方謙三


【センテンスの生い立ち】
北方謙三、69歳。ハードボイルド小説で一世を風靡し、その後、従来の概念を打ち破った歴史小説の大作を次々に発表している。1986年から16年にわたって、若者向け情報誌『ホットドッグ・プレス』で人生相談「試みの地平線」を連載。5月3日付「朝日新聞」に掲載されたインタビュー連載「語る――人生の贈りもの」8回目で、有名な「ソープに行け!」というアドバイスの真意や、相談してきた「小僧ども」への思いを熱く語った。


【3つの大人ポイント】
  • 悩める「小僧ども」にやさしい眼差しを向けている
  • 愛情があるからこそ、あえて厳しく突き放している
  • 「相談」という行為の落とし穴を教えてくれている

日本で「人生相談」「身の上相談」という形式の記事が登場したのは、明治30年代のこと。最初は婦人雑誌に登場し、やがて新聞に広がっていきます。それから100年以上、たくさんの人生相談がある中で、北方謙三の「試みの地平線」は、回答の切れ味といい「ハードボイルド」に徹した斬新でユニークな方向性といい、そして16年も続いた圧倒的なボリュームといい、間違いなく人生相談史に燦然と輝く金字塔のひとつと言えるでしょう。

作家としての北方謙三の偉大さは、あらためて説明するまでもありません。朝日新聞のインタビュー連載「語る――人生の贈りもの」では、4月24日から北方謙三が登場。彼が歩んできた道のりや、作家という仕事、これまでの作品についてなど、本音がたっぷりつまった内容になっています。8回目(5月3日付)は、伝説の連載「試みの地平線」がテーマ。人生相談の連載を始めたいきさつや込めた思いを率直に語ってくれています。

インタビュー連載を紹介した記事。8回目の全文が読めます。
伝説の回答「ソープに行け!」 真剣だった北方謙三さん(5月5日付「朝日新聞DIGITAL」)

講談社発行の若者向け情報誌「ホットドッグ・プレス(Hot-Dog PRESS)」で、北方謙三がハードボイルド人生相談「試みの地平線」の連載をスタートさせたのは、年に10冊を刊行して「月刊北方」と呼ばれていた頃。「半年くらいなら」と引き受けた仕事でしたが、冒頭で「小僧ども」と呼びかけながらの歯に衣着せぬ回答は、毎号掲載されている自身のハードボイルドな写真と見事にマッチしていて、超人気&超長寿連載になりました。

たとえば、ハッキリNOと言えない優柔不断な性格を直したいという相談に対しては「『ノー』と言えないなら、すべて『ハイ』と言っていればいい。とにかく全部『イエス』と言って、全部言うことをきかない。それで世の中は通るはずだ。自分が嫌な奴になるんだね。他人に嫌な奴と言われるぐらいの男になれば、存在感は出てくるだろうし、それなりに女にもてたりするぜ」と答えています。大胆なアドバイスですが、相談者をはじめ似た悩みを抱えて袋小路にウジウジと迷い込んでいる人にとっては、大きな救いになったことでしょう。

連載の代名詞として語り継がれているのが「ソープに行け!」というフレーズ。それについて彼は、記事の中でこう語っています。
 

あれって編集者が連載の最後のころ数えたら、そんなに頻繁に使っていたわけではなかったようです。言葉として衝撃力があったから後々まで語られたけれど、適当に言ったわけじゃなくて、童貞の男の子からの「女の子を好きになった。初体験をスムーズに済ますにはどうしたらいいか」という質問に真剣に答えた結果だったんですよ。


いろんな受け止め方や異論反論はあるでしょうが、この相談者に大人として何を伝えてあげられるかを真面目に考えたら、「ソープに行け!」は間違いなく真摯な回答です。若者への愛や大人としての覚悟の深さにおいて、良識ぶって「そういうことを勧めるのはいかがなものか」と眉をひそめる手合いとは比べものになりません。さらに、こうも言っています。
 

最初ははがきだった相談は次第に長い手紙で届くことが増えました。こちらも対等の友人に議論を挑まれたつもりで真剣に対しました。一貫して言ったのは「決めるのはお前である」ということ。悩むのはいいし、相談するのもいい、でも自分で決めない限り、人生は一歩も進まない。


雑誌の人生相談にせよ個人的に受ける相談にせよ、答える側にできるのは選択肢を提示して「背中を押すこと」だけ。手を引っ張って歩かせたり、考え方や生き方を変えたりすることはできません。「決めるのはお前である」と線を引くのは、冷たいわけではなく、むしろ相手を深く思っているからこそです。線を引く必要があるのは、たぶん親子関係でも同じ。昨今、そのあたりのタガが外れている傾向があるように感じるのは気のせいでしょうか。

話がちょっとそれました。相談を受ける側としては、大人の自制心を持って、あれこれ踏み込みたくなる甘い誘惑を振り切りたいものです。いっぽうで「悩む」という行為も、甘い誘惑という一面が無きにしも非ず。悩んでいるうちは、とくに何もしていなくても、何となく努力している気になれます。まして人に「相談」することは、精一杯頑張っている行為のような気がしがち。本人にその気はなくても、いろんな人に相談しまくることで「かわいそうな自分」「頑張っている自分」に酔うこともできます。

「ソープに行け!」と言われた相談者が、本当に行ったかどうかはわかりません。それはどっちでもいいこと。そして、相談者の初体験がスムーズに行われたとしても苦難に満ちていたとしても、彼と彼女の人生において同じぐらい有意義な出来事になったはず。もしかしたら、誌面に載った回答を読む前に初体験に挑んだかもしれません。いずれにせよ、自分で決めて人生を一歩前に進めたわけなので、すべては結果オーライです。

「相談」や「悩む」という行為の落とし穴にはまらないために、そして何が起きても「決めるのは自分だ」という当たり前のことを忘れないために、北方謙三が「ソープに行け!」という言葉に込めた真剣な思いをしっかり受け止めましょう。あえて説明するのも野暮ですが、この言葉はソープに行くことを勧めているわけではありません。どんな悩みにも意外な解決策があることや、あるいは深刻になり過ぎる無意味さを教えてくれています。

誰かの相談を受けて、こっちがあれこれ考えて答えているのに、どうやら相手は愚痴をこぼしたいだけでアドバイスなんて聞く気はなさそうな場合は、ハードボイルドっぽい口調で「ソープに行け!」と言ってやりましょう。どういう種類の悩みでも、相手が男性でも女性でも、それぞれに強いインパクトを与えられそうだし、少なくともそこで話を切り上げることができます。ちなみに北方自身は、ソープに行ったことは1回しかないとか。

【今週の大人の教訓】
本当に大事な思いは言葉の意味を越えたところに宿る

 

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石原壮一郎

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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