乗るなら今のうち! 消滅が噂される「危ないローカル線」

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野田隆

増毛に到着した留萌本線の列車。残念ながら留萌~増毛間は2016年12月で廃止が決まっている

JR留萌本線の末端区間である留萌と増毛の間が、2016年12月4日限りで廃止される見込みとなった。それを惜しむかのように記念入場券セットが発売開始となった。普段は増収策をほとんど打つことなく、江差線のときもそうだったが、廃止が決まると「葬儀屋」のように金儲けを考えるJR北海道。ちょっと呆れるというか、カネがないから何もできなくて気の毒と言うか、なんとも寂しい気持ちになる。

 

JR北海道の危機は手がつけられないレベルであり、残念ながら今後も廃止が相次ぎそうである。ローカル線の愛好者なら今のうちに乗っておいた方がよい線区はいくつもある。別に「葬式鉄」を推奨するわけではなく、多くの人に利用してもらい一日でも長く存続して欲しいとの願望を込めて、閑散としたローカル線を紹介する次第だ。

 

札沼線の終点、新十津川駅。札沼線は札幌近郊は利用者が多いが、ここまでくると人影はまばら。“危険度”は高い

まずは、札幌から発車する札沼線。札幌近郊区間は、沿線の開発や学生の利用が多く、近年電化されたほどであり、安泰だ。しかし、石狩当別の一駅先の北海道医療大学駅から終点の新十津川駅までは閑散路線である。とりわけ、浦臼と新十津川の間は、3月のダイヤ改定以降、1日1往復となってしまった。それも新十津川駅では12分停車するだけで折り返してしまうので、「乗り鉄」以外のまともな利用者を相手にしていないような運行スケジュールだ。もはや、廃止を前提としているとしか考えられない。北海道のローカル線めぐりをするなら、留萌本線と一緒に今夏乗りに行くべきであろう。

 

次は、石勝線の新夕張から分岐して夕張に向かう夕張支線。かつては石炭の輸送で栄えた路線も、今や見るも無残なさびれ方である。筆者が昨夏訪問した時も、乗った列車は筆者と同乗者が降りてしまうと車内の乗客はゼロになってしまった。破綻した夕張市の貴重な鉄路も利用者が極端に少ないのだから救われない。

 

ここまで絶望的ではないにしても、かつては幹線であったはずの根室本線の釧路~根室、観光列車で一世を風靡した釧網本線、宗谷本線の名寄~稚内など過疎化の進行もあって、乗客は減り続けている。施設の老朽化も進んでいるから、先行きは暗いとしか言いようがない。こんな風に書いているだけでも気が滅入ってくるが、残念ながら現状である。

 

JR西日本の中国地方の路線も乗客の激減で危機的状況にある路線が複数ある。その中でも三江線(三次~江津)の廃止が取り沙汰されている。そのほか、列車本数が極端に少ない芸備線の備後落合~備中神代、木次線あたりも不安視されている。木次線は「奥出雲おろち号」というトロッコ列車が走っていて観光路線なのだが、過疎で一般の乗客は極めて少ない。景勝路線ということは、自然災害とも隣り合わせで、このような路線は集中豪雨や台風の襲来であっけなく命運が尽きてしまうことがあるだけに心配である。

 

 

■撮るばかりではダメ。乗らないと意味がない

 

暗い話ばかり書いてきたが、明るい話を一つ挙げておこう。災害のため長期間一部区間が不通になっていたJR東海の名松線(三重県)が6年半ぶりに復旧し、3月のダイヤ改正から全線で運行が再開された。まことにお目出度い話で、地元の喜びもひとしおだ。運転再開直後が春の行楽シーズンと言うこともあって、利用者数が増えているとのことだ。筆者も最近訪問したが、平日といえども、そこそこの利用者を確認でき嬉しく思った。

 

三重県の名松線は6年半ぶりに復旧した。写真は給水塔が残る名松線の終点、伊勢奥津駅

名松線は、終点に近づくにつれて雲出(くもず)川の渓谷美が楽しめる「知られざる景勝路線」である。もっとPRしてもいいと思うし、観光列車を走らせるなどの増収策を検討してもらいたいものだ。せっかく復旧したのに、利用者増が一過性のものであれば、何年か後に、再び廃止が検討される事態になりかねない。一旦は復旧したのに一部区間が廃止された島原鉄道や三江線も災害の復旧後に廃止が検討されることになってしまった。名松線だって今後のことは分からないから、一人でも多くの人の訪問を呼びかけたいと思う。

 

乗ってこそ元気になるのがローカル線だ。クルマ利用の「撮り鉄」一辺倒の人は、少しは考えを改めないと、被写体自体が消えてしまうということに思いを馳せ、少しは列車に乗ることも検討してもらいたいと思う。上記の路線以外にも、潜在的に危機と隣り合わせのローカル線は多い。時間を見つけては、ローカル列車に乗る旅を実行しようではないか。

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野田隆

野田隆

1952年名古屋生まれ。長年、高校で語学を教える傍らヨーロッパと日本の鉄道紀行を執筆。2010年、早期退職後、旅行作家として活動中。著書に「定年からの鉄道ひとり旅」「出張ついでのローカル線」「テツはこう乗る」...

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