いま目指したい、古きよき遊び人「仰木元監督」!

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今日は、2005年に享年70歳でお亡くなりになった仰木彬さんについて語ろう。
 
正直、旬なわけでも仰木さんにまつわるなにかの記念日なわけでもない。ゆえに今、あえて語る必然もまったくない。が、5月9日発売のデイリースポーツの中面あたりにあった「創刊70年プレ企画」として、元プロ野球担当者の平井隆司という(おそらく)記者さんが「あの人の思い出」を綴る企画で仰木さんが特集されており、その内容にいたく感動してしまったので、強引にフィーチャリングさせていただいた次第である。とりあえず、私のハートを打ったエピソードのいくつかをピックアップしてみた。
 
まず、仰木さんがオリックスの監督を務めていたころの春期キャンプ(宮古島)中、「夜の帝王」と呼ばれていた仰木さんに“夜の密着”の皆勤を果たしたという平井氏の後輩記者の回想録から。
 

(皆勤のご褒美として)「今夜付き合いなさい」(と仰木に誘われる)。着いたクラブに入ると、後輩の目の前に、いつもは見たことのない美女軍団が楚々と座っている。5、6人の軍団である。
「某航空会社のスチュワーデスの方々だったと思うんですが…。仰木さんの一声で来てくれたそうなんです。そら、その夜は最高でしたよ。楽しかったなあ」

 
まだ20代30代あたりの若い男にあげる“ご褒美”が「美女軍団」とは最高に洒落ている。初老に差しかかった男が、しかもクラブのホステスだとかの“プロ”ではなくスチュワーデス、素人のネエチャンが「一声」だけで5人も6人も集まってしまうなんて、尋常じゃない。私も後輩男子をもてなしたいときは、金の力に頼らず、美女軍団をせめて3人くらいは「一声」で集めることができる、そんな男になりたい。
 

仰木さんは裸の万札をズボンのポケットに突っ込んで夜の繁華街を練り歩く。そして次からつぎへと「若い女の子を拾って」ゆく。彼女らに悪さはしない。

 
財布もクレジットカードも持たず、ポケットにある現金だけで一夜を完結させる──「宵越しの金は持たない」を地でいく、古き良き時代の素晴らしい遊び人感覚ではないか。「ナンパ」ではなく「拾ってゆく」ってニュアンスがまたいい。「悪さをしない」という噂が、長年の“キレイな飲みっぷり”によって、夜の街にとどろいたがゆえの結果、人徳であろう。仮に“お手つき”がしばしあったとしても、“その後”のフォローが完ペキであったに違いない。
 
ほかにも本特集内には「イチローのネーミングのいきさつ」やら「ノムさんの仰木批判に対する大人の対応」やら、美味しい話が満載だったりしたのだけれど、ここらへんはネットで検索すればいくらでも出てきそうなので、断腸の想いで割愛させていただく。ただ、最後にこのエピソードだけはゼヒとも紹介しておきたい。
 

(仰木)監督は地下鉄で球場に通うんです。電車の中で手帳に書いたデータを見るのです。ファンがいると彼ら彼女らと話し込むのです。(でも)球場へ一歩入ると鬼になるのです。選手たちは…だから監督のためにも勝ったのです。

 
そう。私はどんなに偉くなっても自然体で電車通勤をする、そういう人間になりたいのだ。優勝した平成7年は130試合で119通りのオーダーを組んだ仰木マジック──願わくば一度だけ、我が阪神タイガースの監督にもなってほしかった……。
 

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ネットニュースパトローラー

山田ゴメス

1962年大阪府生まれ B型。 ネットニュースパトローラー(※citrus限定肩書き。たまにスポーツ新聞や週刊誌も。略して「NNP」)。 関西大学経済学部卒業後、大手画材屋勤務を経てフリーランスに。エロからファッショ...

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