GLAYのJIRO(44)が体調不良で公演欠席…なぜ「あの時代」の初老バンドは人気が衰えないのか

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出典:「GLAY」公式サイトより


2017年4月25日、体調不良を理由に金沢歌劇座(石川県)での公演を欠席したロックバンド・GLAYのJIROさん。これを受けて5月24日におこなわれる振替公演では、なんとチケットを持っている人はタダで参加可能、さらにチケットを持っていても振替公演に参加できない人には全額返金をおこなうという“神対応”でファンを歓喜させた。

若々しく見えるJIROさんも、もう44歳。多忙な日々のなかで体調を万全に保つことは簡単ではないだろう。『口唇』や『HOWEVER』が大ヒットして一世を風靡したのが1997年だからそれも当然なのだが、一般の人ならハゲたり太ったり成人病を抱えたりしていてもまったくおかしくないお年頃だ。“ビジュアル系”バンドとして身なりにも気遣いながら年間ライブ数十本、楽曲制作といったハードスケジュールをこなし続けるのは年々厳しくなっていることだろう。


■X JAPAN、LUNA SEA、ラルク……彼らが“別格”たる所以

思えば1990年代はX JAPANにはじまりLUNA SEA、ラルク・アン・シエル、そしてGLAYなどいわゆる“ビジュアル系”と呼ばれるバンドが音楽シーンを席捲した時代だった。やりすぎ感もいなめない派手な化粧と奇抜な衣装、そして少女マンガばりの幻想的な世界観を提示することで彼らは従来のハードロックやロック風J-Popとは一線を画した独自の存在感を世間にアピールしたのだ。

その後、さまざまな後進が登場しジャンルとしての栄枯盛衰はあったが、上に挙げたバンドたちは今なお特別な存在として地位を保ち続けている。

あえて“ビジュアル系”と呼んだが、彼らの音楽性や志向はそれぞれ千差万別だ。

YOSHIKIさんの強力なリーダーシップによってへヴィーメタル・ハードロックとクラッシック音楽的な世界観の融合に成功したX JAPAN。そのX JAPANの影響を受けつつも個性あふれるメンバーたちの絶妙なミクスチャーで独自の世界観を築いたLUNA SEA、先達を踏襲しつつもよりアート性を深めビジュアル系という枠からの脱却を目指したラルク・アン・シエル、卓越したポップセンスでお茶の間にこれらの系統の音楽を浸透させたGLAY……。

デビューしたての頃ならまだしも、40代から50代を迎えベテランとなった今の彼らを同じ視点で語るのはいささか無理がある。

マイケル・ジャクソンとプリンス、ライオネル・リッチーらを“80’s”と十把一絡げに語るのと同じようなものだ。ただ、商業的ノウハウという点では彼らは同じDNAを共有している。


■華やかな見た目とは裏腹に“どぶ板”の努力で盤石の人気を築いた

浮世離れしたイメージ戦略でアーティストにカリスマ性をおびさせる手法、国内のみならず海外にも積極的にアプローチする戦略、事務所やレコード会社の言いなりにならずビジネスにシビアな姿勢。彼らは長いあいだファンに愛され、その定着度も高い。安定的な活動ができるベースがあるからこそ、たとえメンバーの脱退や休止、その他さまざまなトラブルに見舞われても、バンドとして結集すれば昔年と変わらない輝きを放つことが出来るわけだ。

このノウハウはYOSHIKIさんが1980年代から1990年代にかけてエクスタシーレコードやプラチナム・レコードといったレコード会社を運営することによって、古い表現だが“どぶ板”の努力で築き上げたもの。X JAPANに続く各バンドは人的な交流や意識、反発を経て、たしかにYOSHIKIさんのDNAを受け継いでいるのだ。

今も大活躍中の彼らだが、今後それぞれがどのような活動を見せていくのかは未知数だ。方向性とは別の問題で、50歳前後までは気合でどうにか若い頃のイメージや演奏力を保てても、これが60歳やそれ以上になってくると身体的な限界はどうしてもやってくる。

真っ先にその年代を迎えるのは他ならぬX JAPANだが、YOSHIKIさんは年老いた“ビジュアル系”バンドの身の処し方をどのように示してくれるのだろうか。心配なような、楽しみなような、複雑な心持ちでいる。
 

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中将タカノリ

中将タカノリ

シンガーソングライター、音楽評論家。2005年、加賀テツヤ(ザ・リンド&リンダース)の薦めで芸能活動をスタート。深い文学性と、歌謡曲、アメリカンポップスをフィーチャーした音楽性で独自の世界観を構築している...

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