就活時にはNGワード? それでも私が「趣味は読書」と言いたいワケ

ライフスタイル

劇作家 松井周

 

就職活動で「趣味は読書」と言うのはダメだとゲーム作家の米光一成さん(『ぷよぷよ』が有名ですが、僕は『バロック』の狂った世界が好き)が言っていて、それはつまり、面接官は「本職以外にどんな技能を持っていますか?」と聞いているのであり、道楽について聞いているわけではないから、その発言は得策ではないということでした。とてもよくわかります。就活生の「ふるまい」としてノーガード過ぎるかもしれません。「趣味は読書」と発言するくらいなら、その後に「ただし全文ラテン語で」と付け加えるくらいじゃないと。何も思い浮かばないのでとりあえず読書にしておくかという程度の消極的な「趣味は読書」はポイント低そうだなと僕も思います。

 

僕も「趣味は読書」のつもりです。主に小説を読んでいます。読書家でもなく、原書が読めるわけでもありません。その日の気分に合わせて、未読の本でも既読の本でもつまみ食いするようにちょっとだけ読みます。電車の中。お風呂の中。トイレの中などで。だから、読み終わってない本も大量にあるし、何度も読み返しているような本もありません。しかも、何かしら演劇をつくるときのヒントになる本を探しているので、本職以外の技能を磨いているとも言えません。自分の中の妄想を育てるためのエサのようなものです。だからそう考えると「趣味は読書」とは言い難いです。

 

そもそも趣味ってなんだろうな?と思います。読書に限らず、趣味というのは仕事上の付き合いの中では知ることのない、その人の別の側面が垣間見えるほうがいいのかもしれませんね。ボルダリングや楽器、自転車のような活動的な趣味を持っている人が事務仕事に従事しているとか、反対に、切手の収集とか俳句のようなおとなしめの趣味を持っている人が、とび職やプロレスラーだったりすると、趣味と職業のギャップによって想像力がくすぐられるというか、その人の別の側面が垣間見られる気がします。


また一方で、息抜きという要素も重要かなと思います。友人のAさんという俳優は、サックスが趣味です。もう何年もサックス教室に通い続けています。サックスを吹くこと自体が好きだということもあるでしょうが、彼の目的はそのサックス教室にあります。可愛いらしい女性の先生と防音の部屋に二人きりで入って、まずは「ソ」の音を合わせるだけで、なんとも言えない幸福感に包まれるのだそうです。二人の吹く「ソ」の音が混じり合い、防音室を満たしていくということがエロティックなのだと。その先生の素性は全く知らないらしいのですが、ちょっとしたおしゃべりや練習の時間が彼の息抜きになっているようです。

 

ギャップと息抜き。そう考えると、劇作家にとっての読書はギャップでも息抜きでもないですね。とりあえずギャップはともかく、息抜きにしていることはなんだろうと考えてみると、ゲーム動画を観るということぐらいしか思い当たりません。弟者という方のゲーム攻略動画を仕事の間によく観ます。ゲームがめちゃくちゃ上手い人がFPS(プレイヤー視点のシューティングゲーム)をサクサク進めていくような動画です。声がいいんですよね。喋りすぎず、黙りすぎないちょうどいいバランスで入るコメントの声がクリス・ペプラーばりのいい声で、しかも時々叫んだりするのでアクセントもあり、耳に心地いいです。それに実況動画を観るってことは、昔、ゲームセンターでとても上手い人のプレイを観ていた頃を思い出します。お金もなく、駄菓子を食べながら、上手い人のゲームを観ていた頃のことを。もう三十年以上前のことですが。だから、少しノスタルジックな行動なのかもしれません。

 

これが僕の息抜きです。でもこれも、自分がやりたくてもできない行為を観ているだけなので、自信を持って「これが趣味です!」とは言いがたいです。誰かが何かを食べるだけの動画も人気ですよね?あれも自分の代わりに誰かがもぐもぐ、バリバリと食べる音と映像に包まれて、食べることのできない自分の欲望を満たしているんでしょうね。自分の欲望を誰かに託してみる。そして「自分もいつかは!」と思ってみる。きっともうこれだけで満足をしている気がします。自分の欲望を育てすぎない、鎮めるための動画視聴。

 

でも、自分の欲望をもっとのびのび育てたいとは思いませんか?現実世界では不謹慎であったり、犯罪的であったり、子供っぽかったり、残酷であったりする欲望を、せめて現実とは違う場所で育てるにはどうしたらいいのでしょうか?

 

ここで登場するのが本の世界かなと思っています(主にフィクションの世界ですが)。王になって国民に讃えられたり、豪勢な料理をたらふく食ったり、気に入らない者を殺してみたり。そんな人達が群雄割拠している世界(例えば三国志)を疑似体験できますし、推理小説なんて必ず人が殺されるというルールがありますし、男になりたい、女になりたい、妖精にでも魚でも星にでも変身したい!という願望も本の世界なら簡単に実現できます。自分の欲望を本の中の登場人物に託すのです。

 

「いや、そんなことわかってるけど、そもそも文字を読むのがかったるいんだよ」という意見もあるでしょう。確かにそう思います。きっとヴァーチャル・リアリティの技術が発達してソフトが充実したら、自分の欲望そのものが疑似体験できる世界がおとずれることでしょう。ただ、現在のこの時点ではまだ文字が若干優位かなと感じています。

 

それと文字って、圧縮されたヴァーチャル・リアリティだよなあとも思います。例えば「病院」という文字はホントの病院そのものでなく、記号というウソなのに、現実感を引っ張ってくる。明るく清潔な白いイメージなのか、暗くて殺風景なイメージなのか、その言葉からアルコールのにおいやご飯のにおい、排泄物のにおいなど嗅覚に関するイメージも追加されることもあるでしょう。きっと、読んだ人によって思い浮かべるイメージは様々です。その人の記憶の中にある「病院」のイメージが付け加えられます。平面に印刷された線やシミの組み合わせでしかないものが、あらゆるところ、あらゆる時代、あらゆる妄想を書き尽くし、しかも読んだ人の脳内で様々なイメージをつくり出すのです。まさに元祖ヴァーチャル・リアリティです。もちろん喋り言葉で「びょういん」という言葉を聞いてもある程度の効果はあると思います。でも文字という視覚用に圧縮されたサインの発明によって、暗号を解くように言葉を味わう楽しみも増したのではないでしょうか?

 

SNSのように文字を流し読む快感もあるとは思いますが、なかなか進まないなあと思いつつ、例えば平面が立体的に見えてくるステレオグラムのように、突如として本の中の世界がリアルに感じられてくるときの興奮を味わうのもたまにはいいのではないかと思います。そんなわけで僕は「趣味は読書」なのです。

 

ちなみに、僕が今読んでいる本は何かと言うと『ストーリーメーカー 創作のための物語論』(大塚英志・著)という創作の解説本です。ちょうど演劇の台本を書いている時期なので、ストーリーの作り方ガイドのようなこの本にとても助けられています。というか、ほとんど目からウロコ状態で、台本の書き方を教えてもらうために読んでいます。というわけで、全然趣味とは言えない読書です。

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劇作家

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

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