「松原団地」駅が「獨協大学前」駅に…なぜ鉄道会社は“校駅名”をつけたがるのか?

ライフスタイル

野田隆

東武伊勢崎線の松原団地駅が学校駅名に改名されるという(写真は隣の草加駅)

東武伊勢崎線(通称スカイツリーライン)の松原団地駅(埼玉県草加市)が2017年春に獨協大学前<草加松原>駅と改名されることが、このほど発表された。かつて東洋一と謳われた松原団地が老朽化のため建て替えられ、もはや松原団地とは呼ばれなくなったこと、それよりも大学のあるまちをアピールした方がイメージ的にもよく、旧日光街道の松並木「草加松原」が国指定の名勝地「おくのほそ道の風景地」になったことから、地元の要望を取り入れての副駅名を加えての駅名変更である。

 

○○大学(前)という駅名は雰囲気的にも好印象を与えるらしく、北海道医療大学(JR札沼線)から崇城大学前(JR鹿児島本線)に至るまで全国各地に多数存在している。しかし、大学をはじめ学校というのは、永遠に存在することが約束されているわけではない。キャンパスの移転、校名の変更、時には廃校もあり、駅名が実態にそぐわなくなった事例がいくつか存在する。

 

その実例が、よく知られた東急東横線の学芸大学駅、都立大学駅だ。ともにキャンパスは遠い昔に移転しているし、都立大学に至っては、首都大学東京と改名しているので、全く実態に即していない駅名である。もっとも、長年慣れ親しんだ駅名ということで、地名のような使われ方をしているから変更する意思はないという(一度、改名すべきかどうかアンケートを取ったことがあるけれど、否決されている)。とはいえ、紛らわしい駅名であることに違いはなく、何とかしてほしいという人も少なからずいることであろう。

 

西武新宿線の都立家政駅が校駅名だということを知らない人も多い

同じ都内にある西武新宿線の都立家政駅というのも不思議な駅名である。駅名の由来となった府立(のちに都立)高等家政女学校は、1946年には校名を変更し、今では都立鷺宮高校となっているから、70年前に存在した学校名をいまだに使っていることになる。もはや、駅名が学校名だったことなど知らない人も多いのではないだろうか?

 

西武池袋線の大泉学園駅の名称は学園都市構想の名残。周辺の地名も「練馬区大泉学園町」となっている

西武池袋線の大泉学園駅は、存在しなかった学校名を冠した駅名として知られている。大正末期に学園都市構想を打ち出し、早々と大泉学園町、大泉学園駅と改名して開発に臨んだにもかかわらず、肝心の学校の誘致に失敗したのだ。予定されていた学校とは、今の一橋大学だったというのが通説である。

 

西武多摩湖線の一橋学園駅。一橋大学+小平学園を足した駅名だというが…

その一橋大学は大泉付近ではなく国立市に移転し、JR国立駅近くの本部のほか、小平国際キャンパス(かつての教養部)は、西武多摩湖線の一橋学園駅近くにある。しかし、なぜ駅名は一橋大学ではなく一橋学園なのか?

 

調べてみると、1966年に付近にあった一橋大学駅と小平学園駅の駅間距離が近すぎるので統合した結果である。両方の駅名から「一橋」と「学園」を取って合体したのだ。ところで、一橋大学は一目瞭然だが、小平学園という学校はあったのだろうか? そのような学校は存在した形跡がない。これも、大泉学園同様に、西武鉄道の関連不動産会社による学園都市構想という計画都市で、駅名だけだったようだ。今でも学園東町、学園西町という関連した地名が残っている。

 

駅名は、変更するにはかなりの費用がかかる。その駅の看板だけではなく、鉄道会社の路線図、券売機やICカード関連のソフト、大都会では乗換に絡んで他社にも影響が及ぶ。おいそれとは改名できないのだ。そんな中にあって、今回の駅名変更。後々後悔することのないよう祈りたいものである。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

野田隆

野田隆

1952年名古屋生まれ。長年、高校で語学を教える傍らヨーロッパと日本の鉄道紀行を執筆。2010年、早期退職後、旅行作家として活動中。著書に「定年からの鉄道ひとり旅」「出張ついでのローカル線」「テツはこう乗る」...

野田隆のプロフィール
続きを読む
ページトップ