夫婦のふるまい、親子のふるまい…「ふるまい」って、いつどこで身につけるもの?

人間関係

劇作家 松井周

 

TPOという言葉をご存知ですか?この言葉はVANというファッション・ブランドの創業者である石津謙介さんが広めた言葉です。意味は「時(Time)と場所(Place)と場合(Occasion)に合わせて服を使い分けましょう」ということ。つまり、服の選び方の指南であり、広く解釈すれば「ふるまい」の指南とも捉えることができそうです。例えば、結婚式の三次会(時)のワインバー(場所)に新郎の高校時代の友人(場合)として招かれた場合、どのような服を着て、どのような「ふるまい」をすればよいのか?というふうに使われる言葉なのでしょう。

 

ところで、いったい「ふるまい」ってどこで覚えればいいんですかね? 自分で服を買い始めた中学生の頃、とにかくまず店に入ることが怖くて仕方がありませんでした。店員に話しかけられると無視するわけにもいかず、「これなんかどうですか?」「あ…はい」の繰り返しで、言われるままに購入してしまったことはありませんか?欲しくもないのに買ってしまった服をしょうがなく着る屈辱というか。でも、服屋の店員に対する「ふるまい」っていつどこで覚えるのでしょうか? 多少覚えた今になってもいまだに楽しいと思えないのはどうしてなのでしょうか?

 

あと、実は今でもよくわからなくないのは、お葬式でどんなふるまいをすればいいのかです。子供の頃はお焼香のやり方もよくわからなかったし、どの順番で、どこでお辞儀をすればいいのか、大人になっても厳密にはよくわかりません。「自分の気持に正直に」と言われたとしても、何かそのお辞儀の姿勢や回数で気持ちをはかられてしまいそうで、気が気じゃなくなるときがあります。

 

このように「ふるまい」ってどこか窮屈で居心地が悪かったり、いつまで経っても慣れることができないように思ってしまいます。服装や小物ならばYahoo知恵袋で検索すれば事前に準備できますが、「ふるまい」になると、一回限りのその場その場での生のパフォーマンスなので、準備してもいきなり実践できるかはわかりません。

 

そう考えると「ふるまい」は一回限りの実践じゃ習得できないことなんだなあと思います。これは演劇と同じで、稽古をする時間が必要です。新郎の高校時代の友人として結婚式の三次会のワインバーに招かれた場合、大人しく隅の方でクラッカーをかじっているのか、それとも裸踊りをしてみるのか、どちらが「ふるまい」としてふさわしいのかなんてことは、一回限りの経験じゃよくわかりません。だから、失敗を前提として、稽古するつもりでのぞむのがいいのだと思います。一回一回のパフォーマンスをすべて本番だと思うと、とてもプレッシャーがかかるし、リラックスしてのぞめません。だったら、人生を「本番なしの稽古の時間」と捉えてしまえばいいんじゃないかと。

 

ただ、絶対失敗できないプレゼンや結婚式でのスピーチというものもあるでしょうし、そういうところでの「ふるまい」のためには、やっぱり普通の意味で、シミュレーションというか、喋ったり動いたりの稽古をするしかないですよね。稽古をすればそれだけの成果は上がると思いますが、それでも本番では思わぬハプニングが起こるわけで、プレゼン資料を入れていたパソコンがフリーズしたり、スピーチする直前に自分の名前が呼び間違われたりなど。だから、そんなハプニングに対応するためにも、本番すら「稽古だから」ぐらいの気持ちでいるのがやっぱりいいのかもしれないと思っています。

 

稽古し続けてはじめて「ふるまい」の形が見えてくるのだとすると、親子関係や恋愛関係だって、何回も稽古し続けて身についた「ふるまい」をしているにすぎないのかなと思うことがあります。親子という関係は、絶対的で先天的な関係のようですが、稽古して少しずつ関係を深めて「ふるまい」方を覚えるような、実は後天的な関係なのかな?と。血のつながりはあまり関係ないというか。血がつながっていても、いなくても何年も稽古を続けていれば、きっと親子になるのでしょう。恋愛だってどこかに理想の形があるわけではなく、お互いのパートナーと稽古を続けて獲得した、独自の「ふるまい」があるのではないでしょうか?

 

しかしながら、「ふるまい」はどこか窮屈で、見えない枷のようでもあります。「見えない空気」というものに支配された行為としても考えられるでしょう。同調を強いて、「出る杭を打つ」排他的な雰囲気を作り出す場合もあると思います。そこで、「ふるまい」をズラすというか、外すような行為も必要なんだろうと考えます。ただ、なかなか意識的にズラしたり、外したりするのは難しいかもしれません。

 

こんな状況ならいかがでしょうか?クラシック音楽の鳴る喫茶店でコーヒーを飲みながら話す男女。二人は恋人同士のようにふるまい、古風な喫茶店の雰囲気に合わせて、上品にふるまっている。突然、女が男の頭から水をかける。「死ね!」と男に罵声を浴びせて出ていく。さて、男はこの後どんなふうにふるまうのでしょうか?

 

こんな状況は慣れてもいないし、なかなか経験もしていないでしょう。一見、屈辱的ではあるけれど、意外と自由でもあるのでは?と考えます。なぜなら男の次の行動は、誰にも真似出来ないその人オリジナルの、思ってもみなかった「ふるまい」かもしれないので。

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劇作家

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

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