【今週の大人センテンス】「親だから」を言い訳に我欲を正当化してしまう罠

人間関係

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第62回 我が子が歯がゆい母親からの相談

 

「子どもに過剰な期待を抱いて追い詰めないように自戒することこそが、本当の親の情ではないでしょうか」by大日向雅美

 

【センテンスの生い立ち】
「読売新聞」朝刊の名物連載「人生案内」。100年以上にわたって日本人の悩みに答えている。2017年6月7日付に掲載された相談は「1番になれない小5息子」。長所もたくさんある息子のことを認めてあげられないと訴える母親に、恵泉女学園学長の大日向雅美さんは「本当の親の情」とは何かを説いた。ネット上では相談者の母親に対して、「毒親」という非難から「私も思い当たる節がある」という共感まで、さまざまな意見が渦巻いている。

 

【3つの大人ポイント】

  • 気持ちに寄り添った上で、言うべきことを言っている
  • 「親の情」のタチの悪さや危険性を感じさせてくれる
  • 痛いところを突くことで、心からの反省を促している

 

お叱りを覚悟で書きますけど、昨今の日本の親子関係は「過保護」で「過干渉」な傾向がどんどん強まっている気がしてなりません。安直に「昔はよかった」と言うつもりはありませんが、企業の入社式に親が押し掛けるのが当たり前の光景になっていたり、今日もSNS(とくにフェイスブック)には、子どもに依存している自分を隠そうともしない親バカ全開の書き込みがあふれていたりします。こういう感覚はきっと時代に合わせて変化していくものなので、なにが正解で何が間違いという話ではないのでしょう。

 

そんな前置きをした上で申し上げますが、気になるのが「それが親の愛」「親だから仕方ない」といった言い方が、明らかにやりすぎている親の行動を正当化するために使われていること。極端な話、息子のデートに母親がついていったり、娘のデートを父親が離れた場所から観察したりといった気持ち悪い行為も、やっている本人は「親としては気になるのが当然」という理屈で正当化してしまいそうです。

 

6月7日、過保護とはちょっとベクトルが違いますが、「親としては」という理屈がベースになっている相談とそれに対する回答が、「読売新聞」朝刊の連載「人生案内」に掲載されました。タイトルは「1番になれない小5息子」。30代の会社員女性から寄せられた相談は、いいところはたくさんあると認めつつも「最優秀賞などの個人賞は取れません」「決して目立つことのない息子」「活躍する他のお子さんを見て、正直羨ましくなってしまいます」と嘆き、最後に「こんな母親に心の持ちようを教えてください」と訴えます。

 

少年野球のキャプテンになったり、賞を取った子を笑顔で祝福できたりなど、どうやら十分によくできた息子さんなのに、「1番になれない」という点にこだわって不満を並べる母親の相談は、読む人に違和感を覚えさせます。「こりゃ、息子さんがかわいそうだ」と感じた人は多いでしょう。私もそう思いました。いっぽうで「気持ちはわかる」「それも母親の愛情」と思った人もいたかもしれません。

 

記事が掲載された日、ひとりのツイッターユーザーが、この記事の相談部分の写真をアップして、相談者を「毒親」と表現。さらに「そして回答に救われる」とコメントしつつ、回答部分の写真もアップしました。ツイートをきっかけに、まとめサイトにも取り上げられるなどして、記事が一気に拡散。相談した母親に対する憤りの声や回答に対する称賛の声、あるいは親子への応援の声など、いろんな声がネット上にあふれました。

 

回答者は、発達心理学が専門で家族や親子関係について研究を続けている大日向雅美さん。去年の5月にもこの「今週の大人センテンス」で、同じ「人生案内」での困った母親に対する回答を取り上げさせてもらいました。今回の相談に対して、大日向さんはこんなふうに答えています(抜粋)。

 

あなたが書いておられることを見れば、息子さんは他の人にはない資質をたくさん持っていて、なんと素晴らしいことかと思います。(中略)育つ過程にある子どもにとって大切なことは、その子にしかない良さをしっかり認めてもらうことです。それが自己肯定感となりその人らしい心豊かな人生を送る鍵となります。ないものねだりも、子を思う親の情ゆえかもしれません。しかし、失礼を十二分に承知で申し上げれば、ご自分はどれほどのことをなし得ていらしたのでしょうか。そうして我が身を振り返り、子どもに過剰な期待を抱いて追い詰めないよう自戒することこそが、本当の親の情ではないでしょうか。

 

相談者も「心の持ちようを教えてください」と言っているぐらいなので、このままじゃいけないと思って苦しんでいるのでしょう。批判するのは簡単ですが、どんな親だって完璧ではないし、至らないなりに一生懸命に親をやっています。それぞれ他人にはうかがい知れない事情もあります。わかりやすい攻撃対象を罵倒して留飲を下げたり、嘆くことで自分の育て方や育てられ方を肯定したりするのは、けっこう卑しい行為ではないでしょうか。

 

たしかに「何か言いたくなる欲」を刺激される話題ですが、誘惑をはねのけながら、他山の石にしたり胸に手を当てるきっかけにしたりするぐらいに止めておくのが、大人の分別であり自制心です。着目したいのは「親の情」というキーワード。「親の情」は大切で美しいものですけど、子どもへの身勝手な期待や過剰な手出し口出しを我慢できない自分を許す口実に使われることも少なくありません。往々にして、わざわざ「親としては当然」とか「あなたのためを思って」と強調したくなるのは、無意識の後ろめたさをごまかしたいときです。

 

大日向さんは回答の締めで「子どもに過剰な期待を抱いて追い詰めないよう自戒することこそが、本当の親の情ではないでしょうか」と書きました。「親の情」は、うっかり使い方を間違えると、子どもをひどい目に遭わせてしまいます。しかも、親の見栄や自己満足といった単なる我欲を正当化してくれる甘美な響きを持っています。そんな罠に落ちないように、くれぐれも気を付けたいところ。そして「親の情」の危険性がわかっていれば、理不尽に押し付けられた場合も、かわしたり無視したりする勇気を持てそうです。

 

救いを求めてきた相談者の母親や、自分にも思い当たる節があってモヤモヤしていた親たちは、大日向さんの回答を読んで「親の情」についてあらためて考えたに違いありません。大きなお世話ですけど、むしろ心配なのは罵倒したり共感したりすることで自分を守りながら自分に酔っている人たち。そっちはそっちで「せっかくの考えるチャンスを無駄にしてもったいないなあ」と、反面教師にさせてもらいましょう。

 

世の中には「親の情」や「親だから」だけでなく、「男だから」「女だから」「夫だから」「妻だから」「上司だから」など、似たような甘い罠がたくさんあります。周囲を見渡せば、あるいは胸に手を当てれば、実例はたくさん思い浮かぶはず。みっともない大人にならないために、いろんな甘い罠とがんばって戦っていきたいものです。戦いは戦いとして、たまに間違ってしまうのはお互いさまと、他人にも自分にも甘い目を向けつつ。

 


【今週の大人の教訓】
他人の至らない部分を攻撃するのは、楽しいけど不毛

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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