なぜヨーロッパはできて日本はできない? 日本から電線・電柱がなくならない理由

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今週は月曜日が東京、火曜日が上海、水曜日がパリと、1日ごとに世界の大都市を渡り歩くという貴重な体験をしている。今はパリにいるのだが、当然ながら街の風景は大きく違う。

 

そのひとつが電線。パリの街には電線がほとんど見当たらないのに、東京は大通りであっても目にする。上海も同じ。同じ道に張られた電線の数からいけば東京以上で、細い電線が数十本、建物の前を走っている絵は、ちょっと芸術的にさえ見えてしまう。

 

似たような光景はタイの首都バンコクでも見たことがある。つまり電線はアジアに多いのだ。逆にヨーロッパやアメリカは、地方に行くと国道沿いに電線が走っていたりするけれど、都市部ではほとんどお目に掛からない。

 

なぜアジアとヨーロッパで電線に対する考え方が違うのか。専門資料をいくつか眺めると、ヨーロッパでは景観を第一に考えるという記述に多く遭遇した。つまり自分自身やその所有物の美しさにこだわるだけでなく、自分が住む都市や地方の美しさにも気を配るという思想が根付いているということだ。

 

なぜヨーロッパとアジアとで、景観に対する考えに差があるのか。個人的には農耕民族と狩猟民族の違いが関係しているのではないかと思っている。農耕民族は自分専用の田畑を持っていて、その範囲内だけで生活を営める。だから自分の土地さえきれいにしていれば良い。しかし狩猟民族が獲物を捕まえるフィールドは公共の場だ。取れた獲物は自宅からの距離にかかわらず、獲った人のものになる。その代わり狩りをするすべての人が、このフィールドで末長く生活できるように配慮していかねばならない。

 

電線の地中化はもうひとつメリットを生み出す。電柱がなくなることだ。これは特に、狭い裏通りでプラスになるだろう。歩行者を保護するためにガードレールを設置しても、電柱があるので通りにくいという声を聞くことが多いし、電柱があるので緊急車両の通行ができない地域もある。

 

日本では電線地中化よりも無電柱化という言葉のほうが多く使われる。国でもこちらを用いている。景観よりも交通面の問題を優先しがちな現状を表しているようだ。街灯や信号などのために柱は必要であり、景観に関係しているのはそれよりも電線のほうだろう。


ちなみに信号や標識などの柱についても、ヨーロッパの郊外の交差点はラウンドアバウトとすることで信号はないし、都市部の信号は背が低い。行き先を示す表示板も、高速道路以外では頭上に掲げた例はあまり見かけない。こういう部分でも景観に配慮していることを教えられる。

 

そんな電線地中化だがデメリットもある。何かの理由で停電などのトラブルが起こった場合、復旧が遅くなりがちになるのだ。大災害の後のインフラの復旧のスピードを見てみると、ほとんどの場合、電気がもっとも早く開通し、水道や都市ガスはその後になることが多い。電線を地上に出していれば、どこでトラブルを起こしているのかが見つけやすいからだ。自然災害が多い日本では、この点は懸念される部分だろう。

 

でも今は技術の進歩で、どこにトラブルが起きているか、電力会社の集中管理センターで瞬時にチェックできるような仕組みが構築できるはず。昔ほどは地中化による欠点は目立たないのではないかと考えている。

 

ちなみに日本で電線地中化を真剣に考えていないわけではなく、昨年12月にその名も「無電柱化の推進に関する法律」が施行されており、京都市や金沢市など、観光都市ということで以前から積極的にこの課題に取り組んできた都市に続き、多くの都市が名乗りを挙げるようになるだろう。

 

東京都で今月、全国初の無電柱化条例が成立した。小池百合子都知事が都知事選挙で掲げた公約のひとつでもあるが、国内の他の都市では実施例が数多くあるうえに、法律施行を受けての条例でもあり、大々的に取り上げるほどの話題ではないと思っている。

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森口将之

森口将之

モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担...

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