本番前、頭がパンクしそうなときには「耳栓」と「ガム」が効く

ライフハック

劇作家 松井周

 

演劇の公演直前の演出家は、さまざまなプレッシャーに晒されます。とにかく、いろんなことを決めていかなくてはなりません。俳優の演技や立ち位置のことはもちろん、照明、音響、舞台装置などをいったいどのように構成するかの最終決定に入ります。やっぱり大道具をもう少し右に寄せたほうがいいとか、このセリフが始まったら照明が変わって、それを後追いするように音楽が鳴るのか、あるいは音楽を先に鳴らすのかなど。公演初日が迫っているので、時間はないし、考えることが多すぎて頭の中がパンク寸前の状態になります。これを読んでいるみなさんも仕事の仕上げや〆切やテストなどで同じようなギリギリの状態になることがあるのではないでしょうか?

 

僕の場合、頭の中がフリーズして放心状態になるというか、寝不足も重なっているので、焦点の合っていない目で一点を見つめたまま、イスから動けなくなってしまいます。そんなとき誰かに何か聞かれても「えーと…」の後には言葉が続かなくなります。

 

なので、そうなる前に「あ、これやばいな」と感じたらどうするかということを、僕の経験から書いてみたいと思います。

 

例えば、気分転換のために、スマホでSNSを読んだりするのは逆効果かなと思います。さらに多くの情報で脳がいっぱいになるので。また、リラックスしようとストレッチや深呼吸なども、脳がリラックスを拒むような態勢に入ってしまっていて、僕の場合はあまり効果がありません。「逃げ出したい!」と「逃げちゃだめだ!」の信号が脳内で交互に点滅している状態と言えばいいのでしょうか。

 

で、こんなときの僕の必須アイテムは「耳栓」と「ガム」です。周りから「自分」を遮断し、また、ガムをかんでいる音を聞くことで、より内側の「自分」を意識します。この状態でノートに懸案事項を書き出すと、だんだんと脳が落ち着いてきます。もしかしたら誰でも似たようなことをやっているのかもしれませんが、僕はここ二年ほどでやっと気づいた自分のリラックス&集中法なのです。

 

こうしたからと言って、すごいアイディアが浮かぶということではありません。この「耳栓」と「ガム」という組み合わせの一番の驚きは、くだらないことを考える時間が始まってしまっても、すぐに戻ってこれるということです。

 

マンガが読みたい、SNSを流し読みしたい、なんか食べたい、動画のリストを辿っていきたい、エロいこと考えたい、眠りたい、今すぐ全部を辞めてしまいたい、というような欲望が起こっても「とりあえずそれは置いておいて」という感覚で、今やらなきゃならないことに戻れます。たとえ、ちょっとマンガを読んでしまったとしても集中力が高まっているので、すぐに仕事に戻れます。

 

たまにふと襲ってくるような「あの時、あんなことを言ってしまった。あんなことを言われてしまった」という、普段なら「わー!」と身体を反らして悶えてしまうような思いにも、「ま、それはそれ」というクールな態度を貫けます。聴覚情報を遮断し、ガムを噛むことで、絶えず自分の「いま」を意識させて、それ以外の過去や人間関係のことは脇に置いておけるのです。

 

あと、大事なのはメモです。あ、でも効率のよいメモの仕方とかはわかりません。落ち着き、集中するためのメモのとり方です。とにかく、箇条書きでこれからやらなきゃならないことを書き出します。ボールペンとか子供用の万年筆でノートに書きなぐる感じで。他の人には読めないぐらい汚い、暗号のような字で書いていきます。誰にも見せないからそれでいいのです。

 

「バカ野郎!」とか「あーこれ、忘れてた!」とか「オッケー!」とか、つぶやきながら(人がいる時は心の中で)、なるべくエモーショナルに書きなぐるようにしています。そうやって紙に思いをぶつけながらメモをとり、やることを洗い出したあとは、なんだか気持ちが落ち着いてきます。

 

そこまでできたら耳栓を外し、ガムを捨てて演出家に変身します。メモを片手にいつもより若干声を大きくして、周りを見回しながら俳優やスタッフに指示を出していきます。たとえ「それは難しいですね」とか「今からは無理!」などと言われたとしても、堂々と「じゃあ、何かないですかね?」と甘えます。自分で思い浮かぶがアイディアは、もうメモに書いてあること以外にはないので、わりと自然に頼れます。

 

本番前の数日でやれることは、台本と俳優とスタッフと舞台空間の間に、良い化学変化を起こすことなので、結構頼ったほうがいいと思っています。一人でやれることはわずかです。それよりも、俳優とスタッフたちが「この場所で言おうかな」「じゃあ、そこ光当てるね」「音は光に合わせるわ」などと言い合うほうが、連鎖的に小さい化学変化が起こって楽しくなるのです。もちろんそれらをチェックするのも演出家の仕事ですが、僕の狭い頭のなかで考えたことよりも俄然面白くなることは経験してわかっています。まあこれも僕の場合ですが。さて、これから本番です。

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劇作家

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

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