しゃべりたいのにしゃべれない。“人見知りの激しい、とても大人しい子”と誤解されてしまう「かんもく」って?

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『かんもくって 何なの!?: しゃべれない日々を脱け出た私』(モリナガ アメ、加藤 哲文/合同出版)

「普通」とは、いったいなんだろうか。私が奥さんの実家に結婚の挨拶に行ったときには、家族揃っての食事という一家団欒の雰囲気に、どうにも居心地の悪さを感じた。しかし奥さんからすると、親に束縛され親の言うとおりに生きるのが普通と思ってきたから、自由奔放に育ってきたように見える私が羨ましいと云われた。それは誤解というもので、特に親父に関しては酒に酔うと怒りっぽくなり、包丁を持った親父に追い掛け回されたのは一度や二度ではなく、借金と愛人を作って蒸発したから関わりが無くなっただけの話である。そして、『かんもくって 何なの!?: しゃべれない日々を脱け出た私』(モリナガ アメ、加藤 哲文/合同出版)には、作者にとっての普通だった生い立ちが描かれていた。

 

本書は、周りの人から「人見知りの激しい、とても大人しい子」と思われ自身もそう思い込んでいた作者が、「場面緘黙症」という「ある特定の場面でだけ全く話せなくなってしまう」不安障害の一つの症状であることを知り、そこから脱け出した体験エッセイ漫画である。幼稚園に通っていた作者が、友だちから色の違う折り紙のどちらかをあげると云われたときに、もらえるのならどちらの色でも嬉しいとか、自分が選んで良いのだろうかといったことが頭の中を駆け巡り返事ができなかったなんて体験談は、私にも覚えがあって共感した。作者が母親に連れられて宗教の集まりに参加していた話は、毎週日曜日に教会に通っていた私とも重なるし、父親と留守番のときには怒鳴られないようにドキドキして過ごし、それでいてビールなどを持ってくるように頼まれると、なんだか嬉しい気がしたというのには、読んでいて自分の記憶を辿るかのようだった。小学生の頃の作者が心理系や児童虐待の本を読んでいながら自身の境遇には気づかずに自分は幸せだと思い、でも「この子の気持ちわかるなあ…」という感想を漏らす矛盾には、苦笑しつつも同じように考えていたことを思い出した。

 

高校に進学してイメージチェンジを図り、家庭では離婚もしていないのに母親から恋人を紹介されたりして環境が大きく変わった作者は、ようやく友だちに合わせて話せるようになった一方、そんな自分のことを「気持ち悪っ!!!」と思っていたそうで、就職後も周囲にうまく順応できず自己否定の日々を送っていたようだ。そんな作者が自分に自信を持つために始めたのが、子供の頃から好きだった絵を描くこと。自分で描いた漫画を本にして頒布する同人誌即売会に参加するようになり、自分の世界が広がっていくのを実感する作者であったが、過去のことが後遺症のように何度も蘇って苦しむのは普通の人でもあるだろう。作者の場合は、せっかくネットを通じて寄せられた好意的なコメントにすら、嬉しいという気持ちより恐怖が先に立ち、彼氏を作っても結婚を意識すれば「あんな気持ち悪い」家族を作らなきゃならないのかと考えて別れてしまったという。

 

そしてついに作者は、ある偶然から「話さない」のではなく「話せない」場面緘黙症のことを知り、ようやく積年の苦しみから解放されるのだが、しかし同時に、それまでの人生はいったい何だったのかと絶叫する。もっと早く分かっていれば別の生き方があったかもしれないのにと考えるのは当然で、今さら分かったところで救いは無い。普通なら。

 

しかし作者には、漫画があった。こうして一冊の本を世に出し、場面緘黙症のことが多くの人に知られるようになって当事者が生きやすくなれば、それは作者にとっても救いとなるのではないか。なにより私自身が、他人と比較しての「自分で設定した普通にこだわるのはもうやめよう」という作者の言葉に救われた気がする。

 

文=清水銀嶺

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