ご朱印帳のネット転売が問題に…そもそもご朱印の意味を取り違えていませんか?

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わたしは、寺、神社、仏像などをテーマとした雑誌記事や単行本を書くことを仕事にしています。個人的にも仕事でも寺社に行く機会は多いですが、ご朱印をいただくことはほとんどありません。それは、自分のように観光目的で寺社を巡っている者にはふさわしくないと考えているからです。

 

そもそもご朱印とは、納経(写経をしてお納めする、もしくは仏前でお経をあげる)をした証としてお寺から授与されるものでした。神社には、もとより納経はありませんが、ご朱印には、その神社に祀られる神様とのご縁が結ばれるという意味があるそうです。それがいつしかハードルが下がり、お参りをすれば、誰でも授与していただけるようになりました。それはむろんありがたいことですが、わたしには、自分がきちんとお参りできているかどうか自信がありません。寺社巡りをする以上、神様や仏様と呼ばれるような目に見えないものが存在するとは思っておりますが、特別に信仰する神仏がいるわけではありません。そのような半端な気持ちで、神仏とのご縁を結んだ証であるご朱印をいただくのは気が引けます。

 

しかし、このごろの寺社好きの方々は、そんな小むつかしいことは考えず、楽しくご朱印をコレクションしているようです。近年では、女子向けの雑貨屋さんで買ったおしゃれなご朱印帳を見せ合い、「ここのお寺のご朱印がかっこいいから今度行ってみる」など、ご朱印をいただくこと自体が寺社巡りの大きなモチベーションになっている様子。わたしの考えとは真逆ですが、価値観は多様であるほどよいと思いますし、それによって若い世代の人々が寺社に興味を持つなら、けっこうなことではないでしょうか。

 

しかしながら、ご朱印人気が過熱しすぎることによっていろいろと問題も起き、寺社側からの物言いもつくようになってきました。もっともよく聞くのは、「スタンプラリーとは違うのに、お参りもしないでご朱印だけもらおうとする人がいる」という話です。「自分の分だけでなく、ほかの人の分ももらおうとする人がいる」という話もよく耳にします。ご朱印は、その寺社にお参りに行った証にいただくものなのに、お参りに行っていない人がもらっても意味がないという考え方もあります。しかしたとえば病気などで来たくても来られない人の分ということなら話はまた別ということで、寺社によっては、家族や友人の分も授与してくれるところもあるようですね。

 

知人に渡す目的ならばまあよしとしても、このごろでは、人気の寺社のご朱印をネットオークションに出して、見知らぬ人に売ってしまう人まで現れたというから驚きです。ご朱印だけでなく、有名寺社でしか手に入らない特製のご朱印帳をオークションで売る人もいるそうな。このごろでは、SNSで発言なさる寺社の方も増え、こうした問題への関心の高さがうかがわれます。その一例がこちらです。

 

まずは、茨城県のある神社の宮司さんが、「うちの神社で頒布しているご朱印帳がネットオークションに出品され、三倍近い値段で落札されていた。転売目的の方はもう来ないで欲しい。神社は、本人または家族の方が参拝して頒布品をいただくのが基本である」というツィートをされ、それに関して、おびただしい方々が意見を述べておられます。

 

転売した人、落札した人、双方がご朱印の意味を取り違えているのではないか。実際にお参りに行かないで入手したご朱印に何の意味があるのか。宗教的な問題はさておき、自分でお金を出して入手したものを転売に出すのは、法的には問題ないのではないか。江戸時代には、代参と言って、集落の代表者がお参りにいき、全員分のお札をもらう風習もあったし、伊勢神宮では、犬に代参させるという例もあったほどだ。転売してお金儲けをするのはどうかと思うが、お参りに来られない人のために代参して頒布品をいただくことはあってよいのではないか、など。どの意見にも一理ありますね。

 

こちらの神社では、郵送による頒布もしておられないようですが、中には、頒布品だけでなくお祓いまでも郵送で受け付ける寺社もあります。実際わたしのところにも、いろいろな寺社から、今年もお祓いいかがですかというお手紙が、振り込み用紙と一緒に送られてきますね。うーん。これはどう考えたらいいのかな。

 

わたしは案内人として寺社巡りのツアーバスに乗る仕事もしていますが、添乗員さんが事前にご朱印帳を預かって、寺社に着くたびに全員分のご朱印をもらいに走る例もよく見かけます。寺社の側で一枚の紙にご朱印が押されたものを準備していて、それを配布して、各自ご朱印帳に張り付けるというシステムを取っているところもあります。こうなると、どうしても、ご朱印って本来は何だったのかしらという疑問を抱かざるを得ません。それもこれも、ご朱印を求める人の数が激増したことに対応しきれず起きていることとでしょうが、もしも寺社の方がそれを問題と思われるなら、やはり、昔のようにハードルを上げ、「ご朱印は、納経をなさった方に証として授与しております」という姿勢に戻されたいいと思うのですが、いかがでしょうか。

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寺と神社の旅研究家

吉田さらさ

岐阜県生まれ、早稲田大学第一文学部美術史学科卒。長年の出版社勤務後、寺と神社の旅研究家として独立。独自の視点で神社仏閣詣でをより楽しむ方法を考察し、雑誌記事、単行本などを数々執筆。各種講座、講演会、ツ...

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