成人漫画を模倣したわいせつ事件。「この作品はフィクション」の意味とは?

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弁護士 林宏子

 

先日“成人漫画を模倣した”とされるわいせつ事件が埼玉県内で起こり、埼玉県警がこの漫画の作者に「作品が模倣されないような配慮」を求めたことが報道され、公権力による表現の自由の侵害ではないかと問題になりました。そのなかで参議院議員の小野田紀美氏がFacebookで公開した警察庁刑事局の職員による見解のなかで、以下の文言が注目されました。

 

フィクションであることと、行為の真似は犯罪である事等を記載するというご提案をしていくことを検討する

 

警察がこのような配慮を求めることは、表現の自由の侵害に当たるのでしょうか。また、作者は、「この作品はフィクションです」と記載する責任を負うのでしょうか。ベリーベスト法律事務所の弁護士が説明します。

 

 

■作品には“模倣されないような配慮”が必要なのか

 

表現の自由は憲法上で保障された権利であり「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」(21条1項)と定められています。仮に、今回起きた事件に対する警察側の行為が表現の自由の侵害に当たるとすると、この作者は慰謝料の賠償を国家に請求できる可能性があります。

 

この行為が表現の自由を侵害するものであったかどうかは、報道されている内容だけでは判断が難しいところではあります。作者が投稿したツイートでも「警察の方の〈作品内容が模倣されないような配慮〉のお願いだって中々曖昧だと思います。僕と警察の方は、抗力も保障もない極めて曖昧なお話をした」と投稿していたことからも、まず断定はできないでしょう。

 

もっとも仮に“曖昧”な話ではなく警察が正式に「作品内容が模倣されないような配慮」を求めたような場合には、表現の自由を侵害するものであると判断される可能性があります。表現の自由には、表現行為を通じて自己の人格を発展させるという「自己実現の価値」と、言論活動を通じて政治的意思決定に関与することができるという「自己統治の価値」という2つの価値が含まれており、数ある人権のなかでも非常に重要な権利の1つとされています。

 

したがって、表現行為を委縮させてしまうような行為は厳しく判断されなければなりません。また、警察が「作品内容が模倣されないような配慮」を求めるのが犯罪行為を描写するような作品に限定される場合には、作品内容に立ち入った判断をしていることになり、侵害行為の違憲性を判断するためには、さらに厳格な判断が必要になるはずです。もちろん一概には判断できませんが、表現の自由の侵害にあたりうる可能性のある行為だとは言えるでしょう。

 

では、作者が警察に求められた「作品内容が模倣されないような配慮」を怠り、結果として作中で描写された犯罪行為を模倣する事件が起こった場合、作者には責任が生じるでしょうか。

 

この点、犯罪行為を描写した漫画を書いただけでは「読者をそそのかして犯罪を実行させた」とは言えないことから、刑法上の責任を負うことはありません。また犯罪行為を描写すること自体は、他人の権利や利益を侵害する行為とはいえませんので、不法行為には当たらず民事上の責任を負うこともありません。つまり、警察に求められた「配慮」を怠ったとしても、作者には何の責任も生じないということになります。

 

結論として、作者が「この作品はフィクションです」と記載する責任を負うことはありません。記載するか否かは作者の判断に委ねられることになると思います。

 

 

■「この作品はフィクション」と記す本来の意味

 

今回の“成人漫画を模倣した”とされるわいせつ事件への警察の対応をめぐり、参議院議員の小野田紀美氏が自身で調査した“警察庁刑事局の職員による見解”をFacebookに投稿しました。投稿に記されていた、“職員が自身の立場で述べた「作品が模倣されないような配慮」として作者に求めたことの趣旨”が以下です。

 

今後「作品を模倣して犯罪を行った」と容疑者に言われる等の供述に巻き込まれないように、例えば「この作品はフィクションです、作中の行為を真似すると犯罪になります。一切の責任を負いません」というような作家さんへの自衛の試みをご提案したような形である...という認識だった

 

「同様のケースがあれば今後も申し入れを検討する」という発言の意味するところは、今後万が一、作品の名前を挙げられてしまったりした際に自衛できるように、「フィクションであることと、行為の真似は犯罪である事等を記載するというご提案をしていくことを検討する」という趣旨

 

この点、フィクション作品においてフィクションである旨を表示するようになった背景として、作中に登場する人物や団体の名称や外観が実在するものと同一であったり類似していた場合に、実在する人物や団体が何らかの被害にあったり、また作者に対してモデル料や名称使用料を請求するなどというものがありました。これらをあらかじめ防ぐ目的で、フィクション表示が誕生しました。

 

このような経緯と比較すると、今回のような場合に「この作品はフィクションです」と記載することはあまり意味のあることではないように思います。「フィクションです」との記載があったとしても、模倣犯を防ぐことに直接つながるとは言えないからです。また、そもそも作者が自衛の手段を自ら講じる必要があるのか?という点も疑問に感じます。

 

警察による犯罪予防活動は重要ですが、当然ながら表現の自由等の人権を侵害することがないようにこれを行うべきでしょう。今回は、警察と作者とのあいだの「極めて曖昧なお話」ということで、表現の自由の侵害行為とは断定できません。しかし、今後警察による「作品が模倣されないような配慮」の要請が続いた場合には、表現の自由との関係がより一層の問題として議論を呼ぶことでしょう。

 

監修:リーガルモール by 弁護士法人ベリーベスト法律事務所

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林宏子

弁護士。法科大学院卒業後、弁護士法人ベリーベスト法律事務所に入所。「全ての物事に対して誠実に取り組む」を職務信条とし、常に依頼者に寄り添い、じっくりと丁寧に話を聞きベストな解決へと導く。中学校教諭一種...

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