【今週の大人センテンス】「少年ジャンプ」のエロ表現批判に漂うトホホ感

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第64回 本当に「教育上よくない」こととは?

 

「(´-`).。oO(自分が親目線になると「できればエロ漫画は見て欲しくない」と思うけど、それは子供がいつまでも無垢であってほしい親のエゴなんだなぁ。」byろくでなし子

 

【センテンスの生い立ち】

7月3日発売の「週刊少年ジャンプ」31号の巻頭カラーは、ミウラタダヒロ作「ゆらぎ荘の幽奈さん」。ふとしたアクシデントで登場人物の美少女たちの水着が吹っ飛んでしまい、全裸になった美少女たちが見開きページ狭しと空中を乱舞した。そのシーンをめぐって、表現のエロさを問題視する声が上がったり、そんな声に反発する声が上がったり、いろんな人がいろんな意見を言ったり、新聞記事にもなったりなど、大きな騒動となっている。

 

3つの大人ポイント

  • 親としての願望は示しつつ、限界をわきまえている
  • 借り物の正義に頼らず、自分の考えを表明している
  • 的外れな批判に対しても、落ち着いて対処している

 

もしかしたら「少年誌にこんなエロいものを載せるのは問題だ!」「性差別の意識が植え付けられる!」とか何とか言って憤ったほうが、意識が高くて賢そうに見えるでしょうか。でも、問題になっているページをどこからどう見ても、一生懸命に批判すべき要素を探しても、微笑ましいだけで「ケシカラン!」とはぜんぜん思いませんでした。

 

言うまでもなく、性犯罪をめぐる理不尽な現状には憤りを覚えるし、女性に対する差別意識が染みついていているおっさんを見ると、同性として恥ずかしさや情けなさを抱かずにはいられません。「女性の権利」や「男女平等」を大切だと考える人を「フェミニスト」と言うなら、自分はどちらかというと「フェミニスト」だと思います。しかし、現在の一般的なイメージで「フェミニスト」の範疇に入る人たちは、なんだか苦手です。大切だと思うものが同じならシンパシーを覚えてもよさそうなんですけど、どうして苦手なんでしょうか。

 

それはさておき、今回の騒動です。問題になったのは「週刊少年ジャンプ」に連載中のマンガ「ゆらぎ荘の幽奈さん」の一シーン。ヒロインの地縛霊の美少女が驚いた拍子に不思議な力が働いて、海に遊びに来ていた登場人物の美少女たち(全員巨乳)の水着が吹っ飛び、カラーの見開きページいっぱいに裸の少女たちが宙を舞いました。ただし、構図の工夫や泡をかぶせるなどして、乳首は巧みに隠されています。

 

実物の雑誌を読んだのか、誰かがツイッターにアップしている画像を見ただけなのかはわかりませんが、7月4日の夜、ある女性弁護士が「息子には少年ジャンプは読ませない。息子を持つ保護者の皆さん。少年ジャンプ編集部に抗議を。どうかと思うよ」とツイート。それに対して、このぐらいで騒ぐ必要はない、編集部への抗議を呼びかけるのはおかしい、という批判が殺到。さらに批判に対する批判も押し寄せて、激しい論戦となりました。

 

参照記事⇒【過激すぎる?「少年ジャンプ」のお色気表現に賛否 「息子には読ませない」「エロは成長に必要」】(キャリコネニュース)

 

クリエイターや法律家などさまざまな人が、賛成反対それぞれの立場からこの問題に対しての意見を表明します。私がもっとも腑に落ちたのは、漫画家の「ろくでなし子 祝デコまん無罪確定!」さんが、7月5日夜に書き込んだこれらのツイートでした。

 

(´-`).。oO(自分が親目線になると「できればエロ漫画は見て欲しくない」と思うけど、それは子供がいつまでも無垢であってほしい親のエゴなんだなぁ。だって子供の頃、見たかったもん、エロ本やエッチなテレビドラマ。自分を振り返れば大人が思うほど子供は無垢じゃないとわかる。

 

(´-`).。oO(エロ本やエロ漫画やAVを子供からひた隠そうとし、エロい妄想自体を否定するばかり。それらはみんなファンタジーなんだよ。実際の人間にするには相手の了承が必要で、避妊しないと病気や望まない妊娠するんだよ。と性教育する方にはなぜ向かないんだろ(´・ω・)

ろくでなし子さんは、自らの女性器を型どってデコレーションした「デコまん」を作り、いろいろあって2度も逮捕され、2014年暮れに起訴されます。警察のイチャモンとしか思えない無茶な逮捕と起訴でしたが、2017年春に裁判で無罪が確定。この件だけでなく、自分の信念に基づいて戦い続ける姿勢や、自分だけでなく他人の自由や権利も等しく尊重するぶれない姿勢には、心からの敬意を表します。

 

彼女は、今年2月に男の子を出産しました。親としての願望は示しながらも限界をわきまえているところに、大人の分別と覚悟が伺えます。借り物の正義に頼ることなく、自分の考えを表明しているところもお見事。また、これらのツイートは多くの賛同を得たいっぽうで、多くの反論も集めました。彼女は、ただ罵倒したいだけとしか思えない反論に対しても、落ち着いて冷静に対処し、けっして相手を否定したりはしません。

 

今回の「週刊少年ジャンプ」のエロ表現を批判する側の人たちは、大まかに言うと「性暴力が当たり前に描かれている漫画を読ませたら子どもの性意識が歪む」という主張のようです。問題のシーンがなぜ「性暴力」なのかわかりませんが、まあ「教育上よくない」という見方はあるでしょう。しかし、たまたま話題になったシーンだけを問題視して、ムキになって子どもから遠ざけようとするのは、はたしてどうなんでしょうか。

 

世の中には「教育上よくない」ことであふれています。性的なことに限らず、女の子はかわいくなければいけないとか、男はバリバリ働いてナンボと思い込ませている漫画やドラマ。権力者はウソをついても許される、ウソの上手な人が出世すると身をもって示している人たち。お金や学歴がないと幸せになれないと刷り込んでいる広告や大人たち。そういった方面の「教育上よくない」ことに比べたら、性的な方面のちょっとしたあれこれは「ダメだということがわかりやすい」という点で、よっぽどマシと言えるでしょう。

 

そして、何よりも「教育上よくない」のは、親が自分の思うように子どもをコントロールしようと思ったり、いちいち先回りして「失敗」や「間違い」をさせないようにすること。今回の件で、一部の過激なみなさんが熱心におやりになっているように、要するに自分の好き嫌いなのに、わかりやすい理屈や「飛びつきやすい正義」を振りかざして、自分の正しさに固執し「理解できないヤツはバカ」「批判するヤツは敵」と決めつけるトホホな行為こそ、もっとも「教育上よくない」ことかと存じます。

 

もちろん、明らかに「こりゃ見せちゃダメだろう」という表現もあるでしょう。しかし、子どもはたくさんの「教育上よくない」ことに触れ、自分で考えたり発見したりしながら成長していきます。口出ししたいのを我慢してなるべく黙って見守り、時にさりげなくお膳立てすることはあっても、手取り足取りしたい誘惑を振り切って子どもには子どもの人生を歩んでもらうのが、親としての節度であり果たすべき務めに他なりません。

 

今回程度の表現をことさら問題視したり、攻撃しやすいからといって集中砲火を浴びせて正義の味方気分を味わったりするのは、差し引きで考えると、かなり「教育上よくない」ことのように見えます。いや、熱心に批判している人たちの目的が、子どもためというより、もっぱら自分が気持ちよくなるためなんだとしたら、どうぞ好きなだけおやりください。きっとそれぞれに、そうしないではいられない理由があるのでしょう。

 

あくまで一部の人のことですけど、一般的なイメージでの「フェミニスト」を苦手だと思ってしまう理由も、何となく見えてきました。おっしゃっていることは立派でもっともらしいけど、いちばん大事なのは自分が気持ちよくなることで、それでいて正義の味方を気取りたがる傲慢さや、むしろ世の中に悪い影響を及ぼしても知ったこっちゃない身勝手さが苦手なんですね、たぶん。念入りに繰り返しますが、あくまで一部の人のことだし、私なんかにどう思われようが、その崇高な生き方が揺らぐことはまったくないでしょうけど。

 

エロをめぐる論争のおかげで、長年のモヤモヤが少し解消しました。もとはと言えば、エロいシーンを載せてくれた「週刊少年ジャンプ」のおかげ。いくつになってもエロにはいろんなことを教えてもらえて、ありがたい限りです。


【今週の大人の教訓】
「小利口」であることは、さまざまな危険性をはらんでいる

 

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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