ジブリの「魔法」がなくなっても進めるか 『メアリと魔女の花』米林監督インタビュー(前編)

コラム

citrus 編集部

 

2017年7月8日に公開された『メアリと魔女の花』。『借りぐらしのアリエッティ』(以下、『アリエッティ』)『思い出のマーニー』(以下、『マーニー』)を手掛けた米林宏昌監督が、ジブリを退社して新スタジオのスタジオポノックから初めて送り出す長編作品だ。

 

赤毛がチャームポイントの少女・メアリが、ひょんなことから魔法の力を手に入れ、巨大な陰謀に巻き込まれていく。

 

今回、citrus編集部は米林監督にインタビューを敢行。なじみ深い魔女を主役にした理由、ジブリを出たからこそ感じる苦労など、知っていると作品がさらに楽しめる話を伺った。

 

■『魔女宅』とは全然違うものになった

 

──今回、魔女をテーマにした理由は何ですか。

 

原作の『The Little Broomstick』が面白く、スピーディーな描写に富み、アニメーション向きだと感じたからです。


『マーニー』を作り終わって「次は『マーニー』と真逆のファンタジーを作りたい」と思うようになり、原作と出会いました。一瞬、「見た人に『魔女の宅急便』(以下、『魔女宅』)と比べられるかな…」とも考えたのですが、元気な女の子が動き回るファンタジーを描くにはぴったりだと思いました。

 

とはいえ、アニメーションにする際は大きなテーマが欲しい。そう思い、「変身」をモチーフに設定しました。縦軸はメアリの成長、横軸は(登場人物の)マダム・マンブルチュークとドクター・デイが取り組む「変身実験」の壮大な計画。

 

そうやって脚本を組み立てる中、『魔女宅』は才能ある魔女が一度は魔法の力を失いながらも復活する話ですが、今回は偶然魔法の力を得た普通の女の子が肝心のところで魔法の力を失い人間に戻る話。魔女の話ではなく、人間の話なんですね。ホウキや黒猫など似た要素はありますが、『魔女宅』とは全然違うものです。

 

 

──作品説明に、「まったく新しい魔女映画」とあります。まったく新しい要素とは何でしょうか。

 

魔女の物語ではなく、人間メアリの物語という点でしょう。現代にこの物語を送り出す意味は何だ。そんな問いかけから制作がスタートしました。3.11以降、我々の社会や価値観は激変しています。信頼していたものがなくなったり、人の噂や恐怖といった目に見えないものがあふれてきたり。そんな中、目には見えない強大な力、たとえば、「信用」みたいなものもある種、魔法なのではないかと考えたんです。

 

この物語の主題は「メアリは魔法の力を失っても立ち上がれるか」です。自分の力を失っても前を向けるか。これを突き詰めると、現代ならではの話ができるだろうし、大人も子どもも人間本来の力について考えるきっかけになると思いました。僕自身、スタジオジブリで過ごした20年の間に宮崎(駿)監督から教わったことは”大きな魔法”だと感じています。それがなくなっても進めるか。これは僕ら自身の物語でもあるんです。

 

 

 

■メロンパン片手に檄を入れにきてくれた

 

──制作の途中、宮崎(駿)監督から助言や「ダメ出し」を受けたことはありましたか。

 

制作が遅れていることは宮崎監督の耳にも届いていたようで、今年の1月下旬ごろ、制作が一番遅れているときに差し入れのメロンパンを持って檄を入れに来てくださいました。

 

宮崎監督は「自分はたくさんピンチをくぐりぬけてきたから……」と切り出し、作品を完成させるためにアドバイスを授けてくれました。「『カリオストロ』(『ルパン三世 カリオストロの城』)のときはこうやった」とか、「お前が描け」とか。

 

 

──最も印象に残っているアドバイスは何ですか。

 

「麻呂(編注:米林監督の愛称)描け」という一言です。実際、すごく忙しく、出来上がった絵に目を通すだけで精一杯の状況でした。ここで自分の手を入れるのは勇気のいることですが、それでも手を入れた方が良いシーンもありました。

 

僕が一番描きたかったのは、魔法の力を失ったメアリが立ち上がって前に進むシーンです。このシーンで、魔法のしるしが消えて傷だらけになった手が映ります。完成した映像では、傷のタッチが弱かったんですね。ただ、傷のタッチを描き加える余裕のある人は周りに居ないので僕が百何十枚も描きました。映像にすると、十数秒くらいの分量でしょうか。

 

 

──ジブリにいらっしゃったころ、宮崎監督、高畑(勲)監督、鈴木(敏夫)プロデューサーという3人のもとで働く中、そうした米林監督の強い思いが貫き通せない瞬間はありましたか。

 

『マーニー』は制作段階で宮崎監督はかかわっておらず、自分の思うように作りましたが、『アリエッティ』は最初の監督作品だったので緊張しました。すでに宮崎監督の脚本がありましたし、「宮崎監督ならどうするだろう」と常に意識していました。

 

「借りぐらし」の物語だけに、宮崎監督の表現手法を積極的に借りながら作っていましたね。そんな中でも、アリエッティが床下から外に飛び出すエンディングシーンは宮崎監督の表現に縛られながらも、自分にできることを考えた結論です。「借りの生活を捨て、自由に向かって歩く」シーンを作るのは、勇気がいりました。「借りたものを置いていく」という意味で、アリエッティは自分と一番同化したキャラクターのように思いますね。

 

(後編)大人にこそ観てほしい「変身」と「魔法」の物語 『メアリと魔女の花』米林監督インタビュー

 

 

***

『メアリと魔女の花』

監督:米林宏昌

声の出演:杉咲花、神木隆之介、天海祐希、小日向文世、満島ひかり、佐藤二朗、渡辺えり、大竹しのぶ
[メアリと魔女の花  上映時間:102分 ]

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