【今週の大人センテンス】「BRUTUS」台湾特集の“表紙騒動”が楽しい

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第66回 見せたい「セルフイメージ」はさまざま

 

「(観光地の高層ビル)台北101ビルだけが台湾ではない。台湾全体に自信を持つべきだ」by頼清徳・台南市長

 

【センテンスの生い立ち】

7月15日発売の雑誌「BRUTUS」8月1日号(マガジンハウス)は台湾特集。表紙に掲載された台湾南部・台南市の昔ながらの食堂街の風景をめぐって、「恥ずかしい」「地域のにぎわいに触れることができる」など賛否両論の議論が巻き起こった。現地の台南市の市長は、地元メディアの取材に対してこう語ったという。ネット上には、好きな写真を雑誌の表紙ふうに加工してSNSに投稿できるソフトも登場。すでに数千種類の表紙が作られている。

 

3つの大人ポイント

  • ありのままを見てもらえばいいと胸を張っている
  • 台湾の魅力を雄弁に伝える写真だと理解している
  • 「自分を知ってもらう」について考えさせてくれた

 

最初は「ああ、また心がささくれる炎上案件なのかな……」と暗い気持ちになりかけましたが、なんだか楽しい方向に盛り上がっています。まあ、ずっと「ケシカラン!」と言い続けている寂しい人も、少しはいるでしょう。しかし、ネットはそんなに捨てたものではありませんでした。台湾の多くの人たちは、大人の懐の深さとオチャメな遊び心で、批判が集まった出来事を心浮き立つ展開にもっていってくれました。

 

発売中の雑誌「BRUTUS(ブルータス)」(マガジンハウス)は、「台湾で見る、買う、食べる、101のこと」というタイトルで台湾を大々的に特集しています。表紙は、原色の看板がずらっと並ぶ食堂街の写真。どこか懐かしい混沌とした光景が、台湾の魅力をリアルに伝えています。台湾は何度か訪れていますが、表紙を見て「そうそう、台湾はこういう雰囲気がいいんだよね。ああ、また行ってみたい!」と旅情を強くそそられました。ディープな情報が盛りだくさんの特集の内容とも合致した、とても素敵な表紙です。

 

ただ、そうは思わない人もいました。ネット上で台湾の人が、表紙の写真に対して「これが台湾だと思われたら恥ずかしい」「今の台湾はもっときれいだ」「なぜわざわざこんな場所の写真を載せるんだ」といった異論を唱えます。地域にせよ国にせよ人にせよ職業にせよ、外からどう見えるかとセルフイメージにはギャップがあるのが常。「どう見てほしいか」となると、なおさらギャップは大きくなります。

 

海外の雑誌が日本を紹介してくれた記事で、TOKYOの光景としてゴールデン街や下町の商店街の写真が載っていたら、いろいろ言いたくなる人もいるでしょう。かといって、スカイツリーや六本木ヒルズが出ていればいいというものでもありません。どちらもTOKYOだし、悪く言うつもりではなく魅力を伝えるつもりでピックアップしてくれたんだったら、「なるほどそこを面白がるんだな」と思ってニッコリ微笑むのが大人の大らかさです。

 

台湾の人だって、ほとんどはそう思ってくれているはず。朝日新聞デジタル」のこの記事によると、写真が撮影された台南市の頼清徳市長は、地元メディアに「(観光地の高層ビル)台北101ビルだけが台湾ではない。台湾全体に自信を持つべきだ」と語ったそうです。こう言えるのは、表紙の写真が台湾の魅力を十分に伝えていると感じているからだし、取り繕った光景ではなく、ありのままを見てもらうことが大切だとわかっているから。もしここで市長が怒っていたら、台南市に悪いイメージを持つところでした。でも、大人の対応をしてくれたおかげでさらに興味をそそられ、表紙の写真がより魅力的に見えてきました。

 

どこの国でも、ネット上で「これは文句を言うべき」「これは攻撃してもいい」という流れになると、張り切ってあれこれ言う人がたくさん現われます。それだけだといつもの悲しい展開ですけど、文句を言うだけでは終わらなかったのが、今回の騒動の素晴らしいところ。楽しい展開になったきっかけは、台湾特集の「BRUTUS」の表紙の写真を自分で好きな写真に差し替えられるサイトが登場したことです。

 

その名も「台灣街景封面產生器」。今回の「BRUTUS」の表紙をベースに、同じ書体で「BPUTUS(ブプータス?)」というタイトルがついていて、文字の色などが違う5つのテンプレートからひとつを選んで好きな写真をアップすれば、自分だけの台湾特集の表紙の出来上がり。食べ物の写真や風景の写真、あるいは、たぶん自分や友達を映している写真など、思い思いの写真で作った表紙がすでに数千枚もSNSにアップされています。

 

たとえば、インスタグラムにアップされている「#bputus」は、こんな感じ。台湾の多様な魅力が大量に並んでいて、見れば見るほど楽しい気持ちになります。一枚の写真で魅力のすべてを表現し尽せないのは当たり前だし、見せたい自分と他人から見た自分にギャップがあるのも当たり前。そこで「違う!」「そうじゃない!」と眉を吊り上げるのではなく、誰かが「じゃあ、それぞれが思う『台湾のいいところ』を表紙にすればいいんじゃないの」と思いついて、それにたくさんの人がどうやらニコニコ笑いながら参加しているところに、台湾の人たちや台湾の大人力を感じずにはいられません。

 

なかには最初は腹を立ててつつ参加した人もいるかもしれませんけど、ズラリと並んださまざまな表紙の画像を見たら、「ま、いっか」と平和でなごやかな気持ちになったに違いありません。いつもは不愉快な感情を増幅する方向で活躍しがちなネットですが、この件では人類を幸せにする方向でもたまには役に立つことを示してくれました。そして結果的に、台湾の幅広い魅力を多くの人に強烈に印象付けたと言えるでしょう。

 

もちろん、雑誌の宣伝にも大きく寄与しました。表紙のデザインを勝手に使うのは、厳密に言えば著作権の侵害かもしれません。しかし、ブルータスの編集長も上の「朝日新聞デジタル」の記事の中で「たった一つの特集で、これほどの数の表紙が生まれた号は雑誌の世界でも前代未聞。とてもうれしい」と語っています。今後も二匹目、三匹目のドジョウが出てきて、オリジナル表紙作成ブームが巻き起こってほしいもの。でも、狙ってしまうとうまくいかないかもしれませんね。

 

【今週の大人の教訓】
みんなが少し大人になると、みんなが少し幸せになれる

 

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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