【中年名車図鑑】最初で最後の量産3ローターを搭載した、ユーノス店の高級スペシャルティ

ライフスタイル

大貫直次郎

1990年代初頭のマツダは5チャンネルの販売網を構築すると同時に、斬新な車両デザインで仕立てたラグジュアリーモデルを積極的に発表していく。1990年には新開発の3ローターエンジンを積んだ高級スペシャルティの4代目コスモをリリースした。今回は最初で最後の量産3ローター車となった“クーペ・ダイナミズム”で一席。

 

 

【Vol.33 ユーノス・コスモ】

後年になってバブルと呼ばれる好景気を謳歌していた1980年代終盤の日本の自動車業界。主要メーカーは豊富な資金を背景に、販売網の強化や新型車の開発を精力的に推し進めた。なかでも積極的だったのはファミリアの大ヒットなどで上昇気流に乗っていたマツダで、同社は国内第3位の地位を確かなものとし、さらに上位のトヨタと日産に迫るための大きな賭けに打って出る。販売網の大規模な増強だ。目指したのはトヨタが展開していた5チャンネルの販売体制の構築で、そのための車種ラインアップの拡大も鋭意画策した。

 

 

 ■スタイリッシュなイメージのユーノス店を新規に展開

 

1989年4月になると、マツダは新たな販売チャンネルを一気に2拠点も設立する。ユーノス店とオートザム店だ。なかでもユーノス店のコンセプトはユニークで、スペシャルティ感あふれる斬新なモデルや個性的なシトロエン車などを手がける。ディーラーの店構えも、おしゃれでスタイリッシュなイメージで統一した。


ユーノス店では、新型車としてまずライトウェイトスポーツのロードスターが店頭に並ぶ。販売は1989年9月からスタートしたが、多くのバックオーダーを抱えるほどの人気ぶりだった。さらに輸入車としてラインアップしたシトロエンBXやAXなども注目を集める。1989年10月になると、2台の新型ユーノス車が登場。1台はファミリア・アスティナをベースとする5ドアハッチバック車のユーノス100、そしてもう1台がペルソナの内外装を意匠変更した上級スペシャルティサルーンのユーノス300だった。さらに、1990年2月にはボンゴ・ワゴンをベースとするユーノス・カーゴワゴンを設定した。

 

 

■3ローターエンジンを搭載した高級スペシャルティ

 

低くて流麗なボディラインが特徴。3ローターユニットの20Bと2ローターの13Bの2ユニットを用意。グレードは各々、タイプEとタイプSを用意する


来店者がつめかける新販売網のユーノス店。この人気をさらに高めようと、マツダは同ディーラーのフラッグシップモデルとなる上級スペシャルティカーを1990年3月に発表、翌4月に発売する。“クーペ・ダイナミズム”を謳う第4世代のコスモ(JC型)だ。


搭載エンジンには2機種の新ユニットが採用される。ひとつは量産車世界初のレイアウトとなる“3ローター”ユニット。単室容量654ccのローターブロックを3つ組み合わせ、その上で低速域ではプライマリーターボだけが、高回転域になるとセカンダリーターボの作動が加わる“シーケンシャルツインターボシステム”やテーパー継手方式の“エキセントリックシャフト”、電子制御の可変機構を備えた“トリプルモードデュアルエグゾーストシステム”、燃焼効率を向上させる“AIPI(エア・インジェクション・ポート・インサート)”および“AM(エア・ミクスチャー)インジェクター”などの新機構を盛り込んだ新ユニットは、20B-REWの型式を名乗った。パワー&トルクは280ps/6500rpm、41.0kg・m/3000rpmを発生。同時に、12気筒レシプロエンジンに比肩する滑らかな回転特性を実現する。ちなみに、当時の開発スタッフによると「3つ配したうちの中央ローターの温度上昇が激しく、これを解消するのに苦労した」そうだ。もうひとつの搭載エンジンは、13B-REWの型式を冠する進化版2ローターユニット。総排気量は従来の13B型と同様の654cc×2ローター。ここに、シーケンシャルツインターボシステムやAIPI、AMインジェクターといった新技術を組み込む。パワー&トルクは230ps/6500rpm、30.0kg・m/3500rpmを発揮した。


マツダの開発陣は、組み合わせるトランスミッションにも注力する。20B-REW型と13B-REW型ともに、新開発のスリップ制御ロックアップ機構付4速オートマチックの“EC-AT”をセット。EC-ATはNORMAL/POWER/HOLDの3モード設定に加え、変速のショックを抑制するエンジントルク制御機構やロックアップ時に生じがちなこもり音および振動を抑えるスリップ制御機構など、高精度な電子制御技術を内蔵していた。


シャシーについては、新設計のフルピロボール付スーパーコンプライアンスサスペンションを採用する。懸架形式は前ダブルウィッシュボーン/後マルチリンクで構成。制動機構には4輪ベンチレーテッドディスクブレーキと4W-ABSを奢った。


車両デザインは、低くて流麗なラインで仕立てたロングノーズに2750mmの長いホイールベースを活かした伸びやかなサイドビュー、太いピラーとラウンディッシュなガラスで構成した個性的なリア部、前後ともに横長の造形でアレンジしたライトセクションなどで、独創性あふれる2ドアノッチバッククーペのフォルムを構築する。ボディサイズは全長4815×全幅1795×全高1305mmという立派な体躯を誇った。内包する2+2キャビンのインテリアは、インパネから後席シートバックにかけてのラインに連続性を持たせ、内装の周囲を曲線で囲むようにデザイン。また、前2席および後2席の中央を大きなセンタートンネルで仕切り、各席のワンbyワンスタイルを演出する。世界初の装備として、三菱電機と共同開発したGPS機能付きナビゲーションシステムのCCS(カー・コミュニケーション・システム)を採用したことも、市場から注目を集めた。

 

 

■いかんせん燃費が……

 

エクステリア同様にインテリアも流麗な雰囲気。今見ても色あせないラグジュアリー感だ


13Bエンジンを搭載するタイプSとタイプE、20Bエンジンを積むタイプSとタイプE、そしてタイプE CCSという計5グレード構成でスタートしたユーノス・コスモは、その流麗で存在感あふれる大柄のスタイルや贅を尽くしたインテリア、そして量産車初の3ローターエンジンの採用などで市場の脚光を浴びる。しかし、販売成績はデビュー当初を除いて伸び悩んだ。ユーザーの志向がレクリエーショナルビークル(RV)に移行しつつあった、後席スペースが狭くて実質2名乗りに近かった、ATの設定しかなかった、車両価格が高めだった(注目グレードの20B系で420~530万円)……要因は色々とあげられた。さらに、燃費が非常に悪かったこともマイナスポイント。20Bエンジン搭載車の10モード走行燃費は6.1km/リッターだったが、実際に走らせるとよくて4km/リッター台、夏場にエアコンをつけて都市部を走行すると3km/リッター台に落ち込んだ。昔のアメ車みたいだな――ユーノス・コスモのオーナーなら、1度は言われたセリフである。

 

インパネから後席にかけてのラインを連続させ、ひとつの曲線で囲まれたような独特の室内空間を演出


逆風に晒されるユーノス・コスモ。しかし、1991年になると好材料が舞い込む。6月に開催されたル・マン24時間レースにおいて、R26B型654cc×4ローターエンジンを搭載する耐久マシンの787Bが日本車初の総合優勝を飾ったのだ。マツダにとっては1979年の初挑戦から12年をかけて実現した快挙。同時にロータリーエンジンの速さと耐久性を世界中に知らしめた瞬間だった。これを記念して、マツダはコスモの特別限定車のタイプSXを発売。13BタイプSをベースに、スーパーハードチューンサスペンションやBBS製軽量アルミホイール、トルセンLSDなどのスポーツアイテムを装備していた。そして、1994年3月にはタイプSXをカタロググレード化。このとき、20B系でもタイプSXが選べるようになる。さらに、13B系ではCCS搭載車を新規に設定した。


懸命にユーノス・コスモの魅力度アップを図る開発陣。しかし、販売は低空飛行を続け、そのうちにバブル景気崩壊によるマツダ本体の経営悪化が深刻になる。不採算車種の整理を余儀なくされた同社は、1996年にユーノス・コスモの販売を終了。後継車は設定されず、結果的にユーノス・コスモが最初で最後(現状の話ではあるが……)の量産3ローターエンジン搭載車となったのである。
 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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