演出家と役者は“社長と社員”の関係──鈴木砂羽騒動で降板した女優が失ったもの

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鈴木砂羽さんが演出と主演をつとめる舞台『結婚の条件』で開幕二日前に出演者の鳳恵弥さんと牧野美千子さんが降板を発表し話題を呼んでいる。鳳さんサイドは「罵倒され土下座を強要された」ことにより関係が決裂したと言うものの、鈴木さんサイドは否定。現時点(2017年9月15日)で事実の全貌は明らかになっていないが、ワイドショーやSNS上でさまざまな憶測が飛び交っている。

 

しかし、一般の方は演出家と演者の役割や関係についてどこまで把握しているのだろうか。演劇界には演劇界なりの常識や不文律というものがあるはずだ。それらを知らずしてこの問題を理解することは難しいと思う。

 

俳優、演出家で歌手の米澤勇気さんにお話をうかがった。

 

 

米澤勇気俳優、演出家としてさまざまな舞台に関わる。男子高校生コンセプトのユニット「私立應南学院高等部」に所属し歌手、タレントとしても活躍している。三重県名張市観光大使。http://ohnagakuin.wixsite.com/index/yuhki

 

──きわどい話題にも関わらずご協力ありがとうございます

 

真相がどこにあるか、というゴシップ的な見方ではないことを前提にお話します。僕は演出家もやっていますが、役者としても舞台に立つこともあるので、双方の立場を経験したことがあります。

 

 

──そもそも演出家とは舞台をする上でどんな役割を果たしているのでしょうか?

 

演出家は舞台に限らずですが、作品を上演・制作する上で、よりオーディエンスに「わかりやすく」であったり「芸術的に」であったり、その演出家の持っている個性と表現方法で具現化していく仕事をする人です。同じ作品を上演・制作しても、演出の方法が違うだけで作品が難しくなったり面白くなったり、さまざまな形に変わります。

 

そして、その世界観を具現化するために、すべての部署への最終決定権を持っているのも演出家です。衣装だったり小道具だったり、大道具や照明、音響に至るまで、その作品の世界に関わるすべてのものを決める人でもあります。

 

ただ、作品の世界観の最終決定権は演出家にありますが、それを購入・製作するとなるとお金が動きます。それを判断する役割として、演出家とは別にプロデューサーが存在します。なので、演出家とプロデューサーが「やりたいこと(理想)」と「できること(現実)」で対立して、ディスカッションすることは良くあります。

 

 

──演出家と言えば、つかこうへいさんや蜷川幸雄さんのように怖いイメージの方が有名です。演出家と演者の関係とはどのようなものなのでしょうか?

 

つかさんや蜷川さんは厳しいとよく耳にしますし、どの劇団でも演出家というのは「怖い」というレッテルを貼られます。それは自分も含めて……(苦笑)。

 

若い頃は「なぜそうなるのか」と考えていたのですが、ひとつの作品を作るために何人もの役者を使い、集団を取りまとめるためには、やはりある程度の強制力が必要になります。何十人もの意見をひとつひとつ取り上げて対応していくと、同じ方向は向けない。同じ作品を同じやる気の温度で作ることが難しくなってしまいます。

 

すべてではありませんが、芝居は演出家の希望を叶えるために役者がさまざまな努力をするものです。なので、演出家と役者の関係は、例えるなら“社長と社員”のようなものかな……と思います。

 

会社には「社風」がありますよね。その社風が、劇団の場合は劇のジャンルだったり、やり方だったり、運営方針だったりします。今回のようなプロデュース公演の場合は、演出家とプロデューサーの方針、やり方が社風といえるでしょうか。

 

 

──今回のような降板はよくあるのでしょうか? また許されることなのでしょうか?

 

会社に入ったけれど社風が合わず辞めてしまう社員がいるように、劇団も入ったはいいけどやり方が合わず退団する役者は少なくないです。ただ、プロデュース公演の場合は、ある程度の方針も作品も決まっていて、役者もオーディションや指名などでキャスティングされる場合が多いです。なので降板ということは、よほどでない限りありえません。

 

役者は演出家の希望を叶えるために尽力して、作品を世界観に近づけることが仕事です。演出家は社長であり、役者は社員。言われたことをやらないとか、方針が合わないと口答えするとか、途中で放棄して辞めるとか、自分の立場から発信していいのかを考えなければならないと思います。

 

 

──SNS上ではさまざまな声があがっています。「鈴木さんが演出家デビューで張り切りすぎたのでは?」という意見についてどう思われますか?

 

僕は演出家という立場に立っているからわかるのですが、演出はデビューだから張り切るというものではなく、何年やっていても新しい作品に取り掛かるときは自然と気合いが入ります。役者に厳しく接しているように見えても、それはハッタリをかますためではなく「これからみなさんと一緒に作品を作って行く“長”です」と自分の立場を明確にするためなのです。責任あるポジションですからね。

 

 

──「舞台では演出家が絶対。多少のことを言われても逆らうべきではない」という意見についてどう思われますか?

 

「演出家が絶対である」という言葉はちょっと語弊を生みかねない気がします。最初に言ったように、演出家とは作品の方向性や世界観を最終決定する役割です。なので正確には「演出家は作品づくりにおいて絶対である」ですよね。

 

演出家が「そこのシーンで空を飛べ」と言えば、役者は空を飛ばなきゃならない。現実的には飛べるはずはないけれど「それ、飛んでるね!」と、演出家を納得させられるアイディアを持ってこないといけない。「空なんか飛べません!」とか「そんなことを強要してくるなんて!」とか言い出したらもう何もできないし、そんな人は役者をやるべきではないと思っています。

 

 

──「2日前に降板するなんてどんな理由があってもプロ失格だ」という意見についてどう思われますか?

 

なにが真実かまだわかりませんが、報道されている内容から判断すると、第一の責任はスケジュール管理ができていなかった制作サイドにあると思います。

 

でも、関係が決裂したからと言って開始2日前になって降板することは不誠実だと思います。内輪でモメたことなんてチケットを購入して楽しみにしてくださっていたお客様には関係ない。どんな不当な扱いを受けたとしても自分のお客様のために我慢することが必要だったと思います。最後までやり通して、その後、共演NGを出せばいいんです。

 

そもそも芸事は、師匠がいて、弟子がいて、規律や伝統、礼儀作法、慣わしのなどの歴史があって構築されてきたひとつの文化です。その文化に、パワハラという物差しを突き立てたり、自由と天秤にかけたり、個性という剣を振りかざしたりしてはいけない。

 

誰でも気軽に始められる時代だからこそ、今回の女優さんたちにはプロの精神力の凄さを見せつけてほしかった。どんな確執があろうとも素晴らしい舞台を作り上げお客様を感動させた、というプロとしての結果を残してほしかったと思います。

 

 

──この騒動全体にどんな感想を持たれていますか?

 

繰り返しになりますが、女優さんたちには、芝居が本当に好きでお客様のことを大切にしているのなら、舞台を全うして欲しかったですね。内輪もめの腹いせで「自分がこんなに頑張っているのに、こんな不当な扱いを受けている」ということを世に知らしめて味方を増やそうとしているだけに映ってしまうんです。

 

僕が役者の立場なら、一度引き受けたお仕事だし、チケットも販売され公演も直前まで来ているのだし、何よりお客様には喜んでもらいたいと思うので、やっぱり我慢すると思うんですよね。それが、役者という生き物だと思うんです。

 

***

 

この原稿の制作中、米澤さん以外の俳優や演出家にも今回の騒動についてご意見を聞く機会があったが、おおむね同じ感想を持っていた。僕としてもこのタイミングでの降板は本人たちの株を下げただけで、道義面でもビジネス面でもミスジャッジだったと感じるのだが……いかに。

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中将タカノリ

中将タカノリ

シンガーソングライター、音楽評論家。2005年、加賀テツヤ(ザ・リンド&リンダース)の薦めで芸能活動をスタート。深い文学性と、歌謡曲、アメリカンポップスをフィーチャーした音楽性で独自の世界観を構築している...

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