佐藤琢磨をリードする第3の眼──敏腕スポッター、ロジャー安川

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インディ500で、佐藤琢磨選手が日本人初優勝という偉業を成し遂げたことは記憶に新しい。その熱き戦いを制した裏には、ドライバーをサーキット外からサポートする「スポッター」と呼ばれる影の立役者の存在があった。

 

Photo: Aleksandar Dragičević Words: Keisuke Tajiri (C)Getty Images

 

 

F1のモナコ・グランプリ、ル・マン24時間レースとならぶ、世界3大レースのひとつが、インディアナポリス500マイルレース、通称インディ500。今シーズンは、フェルナンド・アロンソがモナコGPを欠場してまで参戦すると大きな話題を集めていたなか、見事、佐藤琢磨選手が勝利の栄誉に輝いた。

 

インディカーはF1とは異なり、規定のマシンを購入して挑むため、勝利のカギを握るのはドライバーの腕そのものとされる。そして、レースにおけるトップスピードが時速380kmなのに対して、レースを通した平均速度はほぼ不変の時速350km。つまり、つねに最高速度に近い状態で走り続けるため、その勝負は僅差で決することも少なくない。ゆえにタイムもF1の1/1000秒を超える、1/10000秒まで測るという。わずかなミスが勝敗に大きな影響を及ぼす、そんな極めてシビアな戦いを上空からサポートするのが、スポッターと呼ばれる人物の存在だ。

 

スポッターは、コース全体を見渡せるスタンド上部から、ドライバーに周囲のマシン状況を伝えたり、ライン取りを指示したりする。琢磨選手のスポッターを務めたのは、自身もインディカーのドライバー経験をもつロジャー安川氏。コクピットからは見えないドライバーの視界を、スポッターが第3の眼となって的確に把握し、次々と指示を出していく。

 

「インディカーのサイドミラーは振動で後続車がほとんど見えないので、車線変更をするのにもスポッターの指示がとても重要です。また、クラッシュが発生したときには、コース上のどこに破片が落ちているかを伝え、ドライバーとマシンの安全を確保する役目もあります」

 

いつ車線変更するのか、いつオーバーテイクするのか、スポッターから出された指示に基づきドライバーはハンドルを操作するわけだが、この関係性が完璧に作用するには、ドライバーとスポッター間の強固な信頼関係が不可欠だ。これまでの8年間、琢磨選手のスポッターを務めてきたロジャー氏だが、実はここ2年での変化が勝ちにつながったと話す。

 

日本人としてのみならず、アジア人としても初めてのインディ500優勝という快挙を成し遂げた佐藤琢磨。ビクトリー・レーンで恒例の牛乳一気飲みで“祝杯”をあげた。

スポット参戦をしたフェルナンド・アロンソ(左)と佐藤琢磨

自身も2003〜2007シーズンの5年連続でインディ500を走った経験をもつロジャー安川氏。当時のレーサーとしての経験が、佐藤琢磨の信頼のみならず、ライバルスポッターからのリスペクトを得る鍵になっているという。

いつもと違うものが見えている

 

「私がスポッターを始めたころはまだ、現役ドライバーとしてシート探しをしていたこともあり、今と比べると100%注力できていなかったのかもしれません。2年前に現役活動からは退き、自分の思いを琢磨選手に重ねるようになってから、信頼関係はより強固になったと思います」

 

その信頼が琢磨選手のドライビングに現れたのが、今回のレースで琢磨選手が17位まで順位を下げたときのこと。“ノーアタック・ノーチャンス”の精神で、つねに全力でアグレッシブに挑む琢磨選手であれば、たとえ抑えの指示を出されても、「以前であれば攻めにいっただろう」と分析するロジャー氏。「けれど今回は違った。かつてなく冷静で、辛抱強く攻め込むタイミングを見計らうことができていました。『今日はいつもと違うものが見えている。これはイケるな』と思いました。優勝へと結びつくきっかけになったと思います」。

 

一方で、スポッター同士がバトルを繰り広げることもあるという。たとえばオーバーテイクしてレコードラインに戻る際、相手選手の前へ無理に割り込んだと判断されると、その選手のスポッターから猛烈な抗議を受けたり、周回遅れのクルマが前方に近づいてきたら、ラインを譲るよう交渉をしたりと、テレビカメラに映らないところでスポッター同士の熱き攻防戦が展開されているという。

 

「ほかのスポッターとの勝負はプラクティスの段階から始まっています。大会までの2週間、毎日スタンドに足を運ぶのですが、位置取りも重要になってくるわけです。さまざまなバックグラウンドをもったスポッターが集まるなかで、インディカー経験のある私はまわりからリスペクトをもらえているので、動きやすいところはあります。そうした政治的な駆け引きも含めて、スポッターの腕の見せ所だったりするんです」

 

文字通りサーキット内外のバトルを制して、インディ500優勝という快挙につながった。感慨もひとしおだという。

 

「インディ500の優勝は、かつて自分がドライバーとして夢見ていたこと。それを“セカンドベストシート”と呼ばれる、スポッターのポジションで体験できたのは非常にうれしいですね。それだけ(スポッターとして)信頼してもらえたということでもあると思います。琢磨選手とはまだゆっくりと話ができていないので、シーズンオフになってから優勝のよろこびを分かち合いたいですね」

 

ロジャー安川
カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ、日本の小学校を卒業後、 単身海外へ。1998年にアメリカでフォーミュラ・ダッジシリーズのチャンピオンを獲得、翌99年にはアメリカ・バーバー・ダッジプロシリーズでルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。2003年よりインディカー・シリーズに参戦。

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