腕時計の栄枯盛衰を反映する『007』、ジェームズ・ボンドがApple Watchをつける日は来るのか?

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出典:『007 スペクター』公式サイトより

■高級腕時計と言えば、スイス製腕時計

 

イノベーションのケーススタディーとしてよく取り上げられる業界に、カメラと腕時計があります。後者の腕時計は、一度イノベーションによって打撃を受けた旧来型の機械式腕時計がリフレーミングによって見事に蘇った例として使われます。また腕時計は機能的には時間を知るためのものですが、男女とも身につける数少ない装飾品のひとつでもあります。特に男性にとっては、身につけているもののなかで最も高価な商品であることが多いです。

 

高級腕時計の市場はスイス製ブランドが現在もほぼ独占しています。腕時計市場全体で見てもスイス製の生産量は2.5%に満たないにもかかわらず、高価格に支えられ、売上高で見るとスイス製が半分以上と推定されています(2015年度)。スイスのジュネーブ空港に到着すると、腕時計ブランドの広告に溢れており、スイスでの腕時計産業の重要度が窺えます(時計産業はスイスのGDPの約1.5%)。

 

スイスが時計の産地となった理由は、16世紀の宗教改革時代まで遡ります。ジュネーブを中心にスイスはもともと宝飾品の産地でしたが、「贅沢は敵!」とするカルヴァン派が推し進める新教の戒律により宝飾品職人は職を失いました。同時にフランスで弾圧を受けたカルヴァン派のユグノーと呼ばれる人たちが、ジュネーブに流れ込みました。彼らの多くは時計職人を含む手工業の担い手で、ユグノーの時計技術と宝飾の匠がジュネーブに結集したのです。現在のスイス製腕時計を見る限り、腕時計が贅沢品でないというは大いなる詭弁ではありますが。

 

 

■ジェームズ・ボンドはRolexからSeikoへ

 

しかしながら、1970年代からスイス製時計の繁栄を根底から揺るがすイノベーションが起こります。以前、腕時計の歴史について調べていてなるほどと思ったのが、『007』と腕時計の関係です。ジェームズ・ボンドがつけてきた腕時計の歴史を辿ると、腕時計の栄枯盛衰が分かるのです。ここで代表的な『007』作品と腕時計の関係を見てみましょう。

 

1962年 第1作『007 ドクター・ノオ』 Rolex Submariner

1973年 第8作『007 死ぬのは奴らだ』 Rolex Submariner / Hamilton Pulsar P2 2900(デジタル)

1977年 第10作『007 私を愛したスパイ』 Seiko 0674(クォーツ式デジタル)

1983年 第13作『007 オクトパシー』 Seiko G757 SPORTS 100 / Seiko TV Watch

 

映画化の第1作となった『007 ドクター・ノオ』(1962年)から9作目『007 黄金銃を持つ男』(1974年)まで、ボンドが身につけたのはスイス製高級腕時計を代表するRolex Submarinerでした。途中8作目『007 死ぬのは奴らだ』(1973年)でアメリカ製の世界初のLEDデジタル腕時計(レトロフューチャー感が素敵!)、Hamilton Pulsar P2 2900が登場し、10作目『007 私を愛したスパイ』(1977年)から14作目『007 美しき獲物たち』(1985年)まではセイコーのデジタル式腕統計となります。また第13作『007 オクトパシー』(1983年)には、Apple Watchの原型を感じさせるSeiko TV Watchも登場しました。クォーツ式腕時計が最初に試作された国(1967年)はスイスですが、最初に商品化されたのはSeiko Astron(1969年)です。日本製を中心としたクォーツ式、デジタルの波を受けて、機械式時計は打撃を受けました。結果、1970年には9万人程度いたスイス時計産業での就業者は、1984年には3.3万人くらいまで落ち込んでしまったのです。破壊的イノベーションですね。

 

 

■ジェームズ・ボンドは再びRolex、そしてOmega

 

ところが、第15作『007 リビング・デイライツ』(1987年)でRolex Submarinerは復活を遂げ、第17作『007 ゴールデンアイ』以降はOmega Seamasterとなり、最新作『007 スペクター』でもその路線は継続されています。

 

1987年 第15作『007 リビング・デイライツ』 Rolex Submariner

1995年 第17作『007 ゴールデンアイ』 Omega Seamaster Professional M300

2015年 第24作『007 スペクター』 Omega Seamaster 300 / Omega Seamaster Aqua Terra 150M

 

安価に機能的な商品が作られること自体は一見、正しいのですが、80年代にデジタルやクォーツ式の腕時計は価格も下がり、ジャンク化していきます。スイスの腕時計産業の復興を牽引した救世主と言われるのが、現在も業界トップに君臨するスウォッチ・グループを率いたニコラス・ハイエックです。低価格帯では、スウォッチで時計を“ファッション”に、高価格帯ではスイス製機械式時計を“ラグジャリー”にリフレーミング(そのブランドが持つ意味を枠組みから変える)することで、腕時計に新しい価値を与えた…短く要約すれば、そんな感じです。

 

 

■ジェームズ・ボンドはそろそろApple Watchをしてもいいのでは?

 

「機械式時計めでたしめでたし」で、話が終わるほど、現実は甘くないようです。デジタルの再逆襲です。Apple Watchは、発売年度となる2015年に単体ブランドとしては、Rolex(約4,969億円)を抜いて、約6,625億円の収益を上げたとの発表がありました。なんだかんだ言って、Apple Watchは、スマートウォッチ、ウェアラブルと呼ばれる分野で目立った成功を収めた唯一の事例かつ腕時計のトップブランドになっています。

 

ガジェット好きの私も、発売されてすぐに使い始めました。最初は「電話がかかってきたときに見逃さない」「スケジュールなどスマホを見る頻度が減る」「気分でディスプレイが変えられる」……この程度の認識で、悪くはないがすごくはない感じでした。でも、1年半くらい使い続けていると、OSアップデートにより進化をし続けており(例えば、iPhoneでiTunesを聞いているとApple Watchが自動的に表示されリモコンや曲確認のために使える、Apple WatchでMacのロックの自動解除ができる等)、時間を知る以外の習慣となるような機能を感じ始めています。

 

特に最初のデジタルができなかった、「なくなると不便に感じる新しい価値」を生み出すことができれば、ゲームは変わって行くのではないかと。また、マーク・ニューソンをはじめとしたファッション業界からデザイナーを引き抜いていることからも、多くのデジタル腕時計が陥ったジャンク化を回避する方向性も見出していけば、まだまだポテンシャルはあるのではないかと考えます。
 

『007』に話を戻しましょう。スポンサー契約などの大人の事情により、これからもボンドはOmegaなのかもしれません。でも、「『007』が腕時計の栄枯盛衰を反映する法則」を続けていくためには、次回作あたりでApple Watchが登場してもいいのではないでしょうか? あくまでも私の妄想ですが。

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プロダクト・リサーチャー

四方宏明

1959年京都生まれ。神戸大学卒業後、1981年にP&Gに入社。以降、SK-II、パンパースなど、様々な消費財の商品開発に33年間携わる。2014年より、conconcomコンサルタント、WATER DESIGN顧問として、商品、サービス...

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