単にトンがった車ではない! Be-1に始まる日産「パイクカー」の意義とその着想の秘密

ライフスタイル

出典:「La Ong Fong Openly Love」より

■パイクカーとは?

 

車のデザインというのは、デザインという言葉や定義を知らなくても、幼少期時代から特に動くものが好きな男の子にとっては興味の対象となることが多いですね。大人の自分も持っていますが、ミニカーは男の子にあげるなら、外さないプレゼントとなります。今回は、あえて実車ではなく、私が保有しているミニカーの画像をつかって、車のデザインについてお話をします。

 

日産パイクカーシリーズ第一号の「Be-1」(のミニカー ※以下同)

日産から発売されたパイクカーと呼ばれるシリーズがあります。パイクとは「槍の先端」という意味ですが、「先端的」、80年代サブカル的に言えば「トンがった」ということを表現したかったのでしょう。Wikipediaによると「レトロ調であったり先鋭的であったりと、スタイリングが特徴的な自動車の一つ」と定義されています。第1号となったBe-1は、1987年に限定10,000台で販売されましたが、約2カ月で予約完了となりました。4色のラインナップでしたが、車のカラーリングとしては珍しい黄色(パンプキンイエロー)がブランドを代表する色となりました。

 

その丸みを帯びたデザイン(外装だけではなく、細部にわたる内装も含めて)からは、新しいけども懐かしいと言った「レトロフューチャー」的世界観が直感的に伝わり、このパイクカー全体の大きなコンセプトとも言えます。ちなみにDuran Duranのサイモン・ル・ボンは、Be-1のオーナー、というかファンです。

 

バイクカーシリーズ第二弾の「PAO」

 

Be-1の成功を受けて、第2号となったのは、1989年に限定発売されたPAO。コンセプトは「旅行やサファリの冒険気分」。PAOは、3ヶ月の受注期間に予約された台数を販売する方式を取り、51,657台の受注を得ました(最大納期は1年半)。結果、台数としてはPAOが一番販売されました。ちょっと脇道逸れますが、タイランドの渋谷系(キリンジっぽくもある)として以前All AboutでもインタビューをしたLa Ong Fongの「Openly Love」には、PAOが登場します。

 

 

 

第3号は、1991年に同じく限定発売されたFigaro。コンセプトは「日常の中の非日常」。限定20,000台を3回に分けて抽選するという販売方式がとられました。こちらは、エリック・クラプトン、ノエル・ギャラガーが所有していました。どうやら、パイクカーは英国のミュージシャンのウケがいいようです。すべてのモデルは、日産の初代マーチ(K10型)をベースとしており、若干の機能的な変更(例えば、Figaroではターボエンジン搭載)はあったものの、パイクカーは基本的にデザインの変更よって生まれました。

 

「Figaro」はモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』の主人公の名前

厳密な意味でのパイクカーはこの3車種ですが、同じ日産のS-Cargo(1989年に発売開始のライトバン)とRasheen(1994年に発売開始のコンパクトSUV)もパイクカーの流れを汲んでいます。

 

 

■パイクカーは単にトンがった車ではない

 

私自身はBe-1は欲しかったけど買えなかった口ですが、後に発売直後のRasheen、そして中古のFigaroに4年ほど前まで乗っていました。振り返ってみると、「パイクカーは単にトンがった車ではなかった」と考えます。確かに売上や利益だけを見れば、パイクカーは生産量も限られて生産効率も低く、巨大な車産業としてはそれほど規模は大きくありません。しかし、パイクカーは車のデザインの潮流を変えた重要な分岐点だったのです。

 

Be-1が発売されるまで、80年代の車は角ばった車が主流でした。パイクカーのベースとなったマーチ然り、ファミリア然り。国産車ではさらにその傾向は強く、売れ筋の車を作ろうとする業界バイアスが生み出した同質化現象と言えます。Be-1はこの同質化現象をぶち破り、新しいデザインの流れを作りました。後に登場するBMW MiniなどはBe-1的なものを感じさせ(Be-1自体がRover Mini的でもありますが…)、多くの大衆車が丸みを帯びていったきっかけの一つとなった考えます。

 

 

■何となく当たり前を疑ってみよう

 

パイクカーのデザイン開発にあたって、外部からコンセプターとして参加したのが、WATER DESIGN(当時はWATER STUDIO)の坂井直樹さんです。坂井さんが手がけたパイクカーやオリンパスのO-Productに興味を持っていた私は、その後坂井さんには講演依頼などし、3年ほど前から私自身もWATER DESIGNのアドバイザーという形で一緒にお仕事をしています。当時どのようにBe-1に始まるパイクカーに行き着いたのか、ご本人に訊いてみたことがあります。

 

坂井さんはもともと、ファッションの業界にいた人です。プロダクトのデザインに興味を持ち始めましたが、車のデザインは、プロダクト・デザインの中でもハードルが高く、特に外部のデザイナーが手がけるというのは、ジウジアーロ級のよっぽどの実績でもない限り難しいことです。しかも、坂井さんはパイクカーのプロジェクトを始めた時点では、運転免許証さえも持っていなかったのです。だからこそ、パイクカーはできたのです。まずは、コンセプターというデザイナーと競合しないポジションを作り上げます。車業界の常識を知らない坂井さんは「今売れ筋の車何だ?」とか「車は今までこうしてデザインすべし」とか、そんなことは気にしません。ただ日々の観察は怠りません。同じ少し先が見る力がありそうなクリエーター仲間は、国産車のデザインに魅力を感じず、多くはRover Miniなどの中古外車を愛用しています。

 

これは当時Emotional Programという思考法として紹介されましたが、ファッション・ビジネスでは無意識にやっていたより感性的なセグメンテーション&ターゲティングの手法を導入することで、同質化(坂井さん曰く近親相姦)を防ぎ、着想の元となる様々な要素を再構成していくことで、コンセプト(世界観)を作り上げました。一見トンがったデザインは、意外にもターゲット顧客をベースに考えられており、彼らの欲望を具体化してくことでひとつのプロダクトとなっていくのです。例えば、PAOは「Banana Republicを着るような旅行や冒険に憧れる人たちがきっと欲しい車」です。「四角い車がかっこ悪く、丸い車がかっこいい」という意味ではありません。私の記事の中でも何度か言っていることですが、「何となく当たり前(この場合は80年代における「四角い車」)を疑ってみる」の好例です。

 

 

■今も中古市場で人気!

 

雑誌Penの2017年10月号で「ちょっと古いクルマ、長く愛せる新車。」という特集をやっていました。その中でも見開き2ページでBe-1は「レトロでかわいい、日産のデザイン遺産」として紹介されています。私自身が数年前に中古のパイクカーを買おうとした際に実感したのですが、パイクカーは今でも熱烈なファンがいる車です。発売から30年近く経つパイクカーですが、中古市場でも一定の価格(100万円代も多い)を維持しており、カーライフオートのようにパイクカーに特化した中古車ショップもあります。ブランド価値を測る指標としてSaatchi & Saatchiが提唱したLOVEとRESPECTの二軸がありますが、パイクカーはLOVE度が高いから故、このように長く愛せる車となったのでしょう。

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プロダクト・リサーチャー

四方宏明

1959年京都生まれ。神戸大学卒業後、1981年にP&Gに入社。以降、SK-II、パンパースなど、様々な消費財の商品開発に33年間携わる。2014年より、conconcomコンサルタント、WATER DESIGN顧問として、商品、サービス...

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