「スーパー進学校には厳しい校則がない」はホント? 校則と偏差値に関連性はあるのか?

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「スーパー進学校には厳しい校則がない」はホント? 校則と偏差値に関連性はあるのか?

現役高校教師の新聞投書が賛否を呼んでいるそうだ。

 

高校生の茶髪・ピアス禁止は「悪しき統制主義」? 現役教師の新聞投書で議論沸騰

 

投稿者は32歳の現役男性高校教員だそうだが、「髪を染めたり、ピアスをしたりすることが、なぜいけないことなのか。(略)それは『あるべき生徒像』という教員の私的な好みや趣味を、子どもたちに押しつけているだけではないだろうか」と始まり、「あしき統制主義でしかないと思う」と教科書で習った過去に思いを馳せ、やがて「本人の決定に委ねる以外にない。それが、憲法13条の要請している個人の尊重の精神である」と憲法を持ち出して締めくくっている。

 

あーそういえばこんな感じにそっくりなのをアタシも14や15の頃、国語の作文やら小論文の授業やらで書いてたなーと思い出し、もう一度「そうか、これが32歳の現役高校教師の書くものなのか……」と複雑な思いで読み直すのである。

 

で、この新聞への投書を読んだツイッターユーザーが紙面を撮影した画像をツイートし、若い世代が「こんな先生に出会いたかった!」「すっげーカッコイイ」「学校の先生たちに見せてえわ!!」と盛り上がったらしい。

 

だが、未曾有の母数を持つ団塊ジュニアど真ん中で、ひとクラス50人×12クラスの「ザ・集団統制教育」の中で大人にガタガタ言われながら育ってきた40代としては、正直「こんな子どもの実数も激減して、いまや大学だって全入、教育の形だって公教育私学問わず現場が実験と革新の精神で前向きに改善に取り組んで、集団教育から個々人の事情に即したアラカルト教育へと移行している時代に、今さら校則ガーとか個人の尊重ガーとか、古いというか、教員としてもっと外に出て社会のうねりを見た方がいいのではないか?」と引いてしまった。

 

いい大人なんだから、盗んだバイクで走りだす15の夜ってなワケでもなかろうに……上司や年上の先生たちと何かあったのかな?と、慮ってしまうほどである。真面目クンなんだなー、生きづらいこともあるだろうなー、若い頃ちゃんと金髪やピアスして来なかったんだなー。だから30過ぎて自分がもう既に「大人」の側にいることに気づかずに、自分より上の世代の「大人」に反抗してるんじゃないかなぁ。

 

あ、もしかして結構な田舎なのかな?と思って見たら神奈川とあって、えーっそれじゃよほどの底辺校なのかしら、大変だなぁ……と、また慮ってしまうのだ。とにかくこの、教育現場での個の尊重はやりすぎなくらい徹底している2016年に「校則は個人を尊重していない」と主張する今更感をどう処理していいのかわからないくらいの違和感であった。

 

 

よく「スーパー進学校では厳しい校則はないところが多い」というもの言いがまかり通っているけれども、よくよく見るとちゃんとどこかに校則はあったりする。でも、校則そのものよりも校則をどのように運用しているかや、そもそもの校風や、教員の持つ哲学などが絡み合って、結果的に校則なるものに重要性が置かれていないという、結果論であることが多い。

 

校則は少なくともあっさりした形でちゃんと存在する。でも、「生徒がもっと他の分野に科学的探究心を持って没頭しており、真正面からわざわざ校則ごときにチャレンジするような手間暇かけたレクリエーションに興味を引かれない」とか、「生徒が校則からいかに乖離しているかを発見して更正させることに偏執的な関心を持つ教員がいない」とか、つまりはルールなんてのは使う人次第でどうにでも転ぶものだ。例えば今をときめく進学校でも、それほどレベルの高くなかった昔は校則が厳しかったというような学校はたくさんある。ルールというのは、対象となる集団の傾向や、運用する側の目論見や、その双方の変遷でどんどん表情も内容も変わっていく、時代に沿って改定されていく、状況依存的なものに過ぎないからだ。

 

校則と偏差値とか、あるいは校則と学力をリンクさせて定義するようなことは野暮の極みなのでしたくないけれども、ただ、校則でガチガチに縛られなければならないような集団と、ガチガチに縛らないと学級運営ができないような教員は、ともに困難な状況にあるのだとは言える。

 

冒頭の先生がその渦中にあるのなら、彼の「茶髪やピアスなどについては、本人の決定に委ねる以外にない。それが、憲法13条が要請している個人の尊重の精神である」との”青年の主張”には「いやもう全くもってその通りなんですよ。でも多分あなたの立場と状況でそこを論じるのは表層的なことに過ぎず、それで生徒のフラストレーションや『存在の耐えられない軽さ』が全面解決する万能薬ってワケじゃないですよね。校則緩めればボクらの未来が救われるんですか? 校則ハンターイなんてのはどこの生徒会でも挨拶代わりですから、若手の教育者としてはちゃんとしたキャリア教育なりなんなりを企画するのがいいと思いますよ。自分、髪とかピアスなんて、正直どーでもいいんすよ。将来の方がよっぽど不安なんすよ。だから髪キンキンにして当面の自己表現に走ってるんすよ」と、自分が生徒だったらそう返すだろう。

 

この投書がツイッターで拡散されるにつれ、反対意見も出た。「最低限のルールを守れるようになるのは大人として必要なスキル」とか、そんな感じだ。まぁ、日本の大半はいまそんな感じですよね。でも、「人を外見で判断しない力を身につけましょう」なんていう反論(?)には、どこからそんな意見が出るのかと、これまた新鮮な飛躍にびっくりする。どうもオールドメディア筆頭の新聞の投書欄とか、学校ってのは特殊な磁場を持つ「島」なんだね。

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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