3歳の壁、小1の壁、小4の壁…子育てに壁が多すぎやしないか問題

ライフスタイル

 

■いくらなんでも日本の子育てに”壁”なるものが多すぎやしないか

 

「元・リクルート最強の母」との異名をとった堂薗稚子さんのコラムが配信され、世間のワーママがざわついたのは夏休み前のことだ。

 

「過去最高に高い『小4の壁』で悶絶する母たち」(東洋経済オンライン)

 

”……子どもも居場所を確保しておくことだけでなく、精神的なサポートを求め始める年齢になってくる。新しい段階に入ってきた育児に対して、職場をはじめとする周囲は、悪意はなくても「子育ては楽になったでしょう」「ひと段落したね」と言い、「もう育児での制約は少なくなったんだから、存分に働いてもらうよ」と言わんばかりの人事制度にも直面する。もしかすると、よく話題になる保育園入園の壁や、小1の壁より、小4の壁が働く親やこどもたちにとって、いちばん高く感じてしまう壁なのかもしれません。”

 

小4の壁が具体的にどのようなものであるかの説明は元記事にお願いするとして、「小4が過去最高に高い壁」「働く母たち悶絶」と聞いて、そう遠くない未来の危機感を突然あおられ、不安になったワーママは少なくなかったもよう。読者からは「3歳の壁や小1の壁をようやく乗り越えてきたのに、まだあるの……」「しかも過去最高って、もう無理」「働く母って、どれだけ子育てに悩めばいいの」とのうめき声が上がる。

 

”壁”かぁ……。子育て界隈では、2000年代後半から「○歳(小○)の壁」なるフレーズがごくごく自然に流通し、働き続ける母親たちの口の端にのぼってきた。これまで話題になったものをまとめると、1歳(保育園入園)、3歳(3歳神話など、姑世代との方針対立)、7歳(小1・学童開始)、10歳(小4・自我の目覚め)、12歳(小6・中学受験)、そしてティーンエイジャー(思春期)と、ワーママの子育ての道には少なくとも6枚の”壁”がそびえていることとなる。

 

いくらなんでも2、3年ごとに親子の行く手と視界を阻む”壁”が出現するなんて、どう見ても日本のワーママの子育てって困難すぎ、苦行すぎやしないだろうか。そう思わされるくらい、”壁”という言葉には重圧感、拒絶感、絶望感がある。養老孟司先生の『バカの壁』という本があったように、壁とは本来乗り越えるのが容易でないことのたとえであり、乗り越えられない人にとっては拒絶や断絶に近いものを指す言葉だ。『進撃の巨人』にあるように、それは人を喰らう巨人から人類が身を守る最後の盾であり、視覚的イメージとしてはベルリンの壁や万里の長城めいた雰囲気さえある。

 

つまり、子育て界隈で母たちが語る「◯歳の壁」とは、その壁をもって”働き続けられる母”と”働き続けられなくなる母”をふるいにかける残酷で大きな試練、そんな意味が込められたフレーズなのだ。

 

 

■”壁”が連呼される仕組みとは

 

「”壁”だと思うから”壁”になっちゃうんじゃないのぉ? もっとリラックスしたらぁ? 母親が頭でっかち、気負いすぎなのよぉ」。あるいは、「今の若い女の人はあれもこれもって欲張るから、板挟みになるのよ! 母親なら子どものためにもっと我慢するべきよ!」。既に子育てが手を離れ、うまくやりおおせて喉元過ぎた世代や、比較的余裕をもって子育て安定期へ漕ぎ着けているような層からは、「”壁”なんて昔はなかった」、そんな意見が聞こえてきそうでもある。

 

その物言いが広く理性的な視野から発せられているものかどうかには疑問があるが、なぜいまのメディアが「壁、壁」とやたら壁を立てるのか、そこは深掘りしてもいいかもしれない。わざわざワーママを生きづらくしていないか? 子育ての不安をあおっちゃいないか? 若い世代からすれば、そんな壁の存在をいくつも喧伝されて、「辛そう〜。大変そう〜。そんなに子育てが辛いんなら、私はカンベンかな〜」と考えるのも無理はない……とも思えてしまう。

 

なぜメディアが「壁、壁」と連呼するのか、その仕組みを紐解こう。発信源は、当事者であるワーママたちが漏らす”実感”なのだ。そしてその”実感”を拾い上げて記事化する現代の編集者、メディア人もまた、ワーママであることが多い。メディア業界にワーママが増えており、彼女たちが自分の経験をもってワーママ界隈の実感を代弁している。すると、日々”両立”の現場にいるあまねくワーママの実感値として、1歳・3歳・7歳・10歳・12歳そして思春期がキツい。現代の働く母たちが実際に何がしかに直面し、「本当にこのやり方で大丈夫なのかしら」と考え直し、自分や子どもや家族の状況検分と使用可能な資源の棚卸し、計画の練り直しを迫られるのが、その時期だ。

 

だから育休世代以降、働き続ける母がデフォルトとなる現代の”壁”論議は、決して思い込みの強さや被害妄想ではないと、私はぜひ言い添えたい。それはまさにいま、リニアにリアルに働きながら子育てを経験しているワーママたちの実感だ。だから”壁”がメディアに出てきた時、世間はそこにひとまず耳を傾けるだけの価値がある。”女性活躍推進”の結果、何がいままさに活躍している同時代の働く女たちを悩ませているか、その実感がそこに語られている。つまり、そこに”日本社会のリアルな壁”がある。

 

メシのタネなので本当は教えたくない……が、いま次世代生産たる子育てもしながら知的な社会的責任も負い、なおかつ女性としての人生の追求も同時進行している30代や40代のワーママはメディア的に【超ホット】なのだ。繁殖も消費も納税もし、かつ未来に向けて投資もし、政治的意見も持つ。しかも、これまでになかった”有職女性”という分厚い層として。そもそも、これだけイクメンだなんだと子育ての平等を煽られている世の中で、なんで女親だけが”壁”を意識するのか? なぜ女親にしかその”壁”は見えないのか、実感がないのか? なぜなら、彼女たちがいま最も社会のいくつもの側面において当事者性が高いからなのだ。どうやら女親にとってのみ、その”壁”が自分の領域のヒリヒリとした問題、自分ごととして感じられるからなのだ。

 

例えば7歳で子どもが小学校入学と放課後の学童保育との”ダブルスクーリング”を毎日当たり前のこととして始めるとき、新しい負担による子どもの心身の反応が”自分の心身”へもダイレクトに反映されるのは、母親か父親か? 壁と聞いてピンとこないひとは、それだけ仕事と子育ての両立のフィールドにおいて、どこか肝心の的を外れた位置にいる、一番痛みのあるスポットから離れていられるということでもある。

 

 

■子育ては「自分の過去」と照らす作業だから悩む

 

”壁”問題とは、先輩面した「子育てって大変なのよぉ〜! でも頑張り屋さんの私は乗り切ったけどネ☆」アピールとは異なる、いまの子育ての現実を知ったが故のうめきだったり、悩みだったり、葛藤だったりを同世代の母親たちがネット社会を利用してリアルタイムで言語化した結果、生まれた潮流だ。同世代へ向けて「これ、悩んでない?」と声をかけ、後進へは「あなたが行くほんの少し先にはこんな問題が待っている可能性が高い」と知らせる。

 

仕事と子育ての両立それ自体が人生の中長期的目標の一つであり、大きなトピックとなりがちな育休世代。彼女たちの多くにとって、”共働き家庭で子育てをする”とは、自分の過去の生育歴と照らして、自分たちには経験のないことだ。それを育休世代は世代規模で始めた。子育てとは常に自分の過去と照らしての作業だから、子どもの成長に変化が現れた時、親の胸中には自分が3歳・7歳・10歳・12歳・ティーンだったころの「あの頃の記憶」が蘇ってくる。それぞれの年齡での子どもの課題は質が異なり、それはつまりそれぞれの段階で求められる「子育て」の表情が異なるということでもあるから、子どもの変化に戸惑うとき、正直、多くの母親の胸によぎるのは、「常にそばにいてあげられない自分のせい?」という一筋の不安なのではないだろうか。

 

だが子どもの要求に応えてあげられていないのではないか、と葛藤する母親は、そう思うほどにもう十分子どもと向き合って努力している。葛藤はノイズを起こすもので、それは母親たちが解決を目指してたてるノイズだ。”壁”が見えたら、「壁がある」と声をあげれば、いつか他の、それを解決する意志や力のある誰かの耳に入る。それは”女性活躍推進”なる、前代未聞の社会的取り組みの対象たる女性たちだからこそできること。だから、ぜひ声をあげていってほしいと私は思っている。迷いながらでもジャグリングをするその姿が子ども世代へ最終的に教えるもの、それ自体がすでに何よりの教育であり、継承であり、子育てだったりする……というのが、仕事を持つ母のもとで育った私自身の信じるところだ。
 

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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