【今週の大人センテンス】キックされたベッキーが余計なお世話にまわし蹴り

話題

出典:「ベッキー 公式ブログ」より

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第82回 「ひどい仕打ち」への感謝の言葉

 

「タレントとして本当にありがたかったなと思っています」byベッキー

 

【センテンスの生い立ち】

昨年の大みそかに放送された「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 大晦日年越しスペシャル 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!」(日本テレビ系)。タレントのベッキー(33)は、逆ドッキリを仕掛けられて女性のキックボクサーからタイキックを受けてしまう。その場面に対して、SNSなどでは「いじめ」「暴力」という批判が盛り上がる。当のベッキーは6日深夜に生出演したラジオ番組の中で、番組を振り返って「タレントとして本当にありがたかったなと思っています」などと感謝の言葉を述べた。

 

【3つの大人ポイント】

  • タレントとしての自分の立場や役割を冷静に見ている
  • 余計なお世話の批判に間接的なまわし蹴りを食らわせた
  • 「ネットに渦巻く怒り」の無意味さを浮き上がらせた

 

今年最初の「大人センテンス」です。そうだ、このタイトルのルーツはベッキーですね。節目にご登場いただいて(勝手に取り上げているだけですけど)、たいへん光栄です。年明けからネット上で盛り上がっているのが、大みそかの「ガキ使」でのベッキーお尻蹴られ問題。たくさんの熱くてもっともらしい批判の声が渦巻いていますが、そんな光景を通じて、始まったばかりの2018年を“私たちはどう生きるか”について考えてみましょう。

 

この問題に批判的なスタンスを取らないと、一部の人たちから、即座に「わかっていない人」「差別的な人」「意識の低い人」というレッテルを貼られそうです。そんな単純な問題じゃないと思うけど……と言っても、「こいつは違う側の人」という決めつけはピクリとも揺るがないんでしょうね。それこそ極めて差別的です。でも、こっちも「一部の人たち」について思いっきり決めつけをしているので、目くそ鼻くそですね。至らない同士、己のダメさを自覚しつつ、なるべく歩み寄ったりわかり合えたりできたらいいなと願っています。

 

番組の中で、ベッキーはお尻にタイキックをくらって、悶絶しながら床に崩れ落ちました。実際にどこまでドッキリでどのぐらい痛いのかはわかりませんが、カメラの前で激しくうろたえて念入りに痛がったベッキーは、きちんと自分の役割を果たしたと言えるでしょう。あの不倫騒動からちょうど2年。ベッキーが逃げ回る場面にかぶせられた「ベッキー 禊のタイキック」というテロップには、制作者側のやさしさが感じられます。

 

6日深夜に放送されたラジオ「ミッドナイト・ダイバーシティー~正気のSaturday Night」(JFN系)に生出演したベッキーは、番組を振り返ってこう語りました。

 

「年末年始といえば、年末ですね。ガキ使の『笑ってはいけない』。放送されましたけど、年末のバラエティー番組といえば代表格が『笑ってはいけない』じゃないですか。なので、バラエティータレントの私個人としては出演させてもらえてうれしかったな、と思います。あと、仕掛け人として出ていったんですけど、そんな私が逆ドッキリされるっていうのもね。タレントとして本当にありがたかったなと思っています」

 

この発言に対して、番組への忖度だとかこう言わざるを得ないこと自体がいじめの構造だといった声もあります。うーん、そうかなあ。自分の「正義」や「小賢しさ」を示したいがために、タレントという仕事に全力で取り組もうとしている彼女の発言を勝手に深読みするのは、彼女に対してもタレントという仕事に対しても極めて失礼です。「本音とは何か」という難しい問題は別にありますが、彼女のこの発言は、今の自分の立場や番組での役割を踏まえた上での「本音」ではないでしょうか。自分の足を引っ張る無責任な正義の味方のみなさんの「余計なお世話」に、結果的に強烈なまわし蹴りをくらわせています。

 

言い忘れましたが、罰ゲームでお尻にケリを入れるという設定も、ガキ使という番組も、とくに好きではありません。ベッキーのファンでもありません。でも、面白いと思う人がたくさんいるから、番組が長く続いていて、この「笑ってはいけないシリーズ」が8年連続で紅白裏トップの視聴率を獲得できたのでしょう。同じ番組ではダウンタウン・浜田雅功の「黒塗り」も批判の的になっていて、それはそれで思うところはありますが、また別の話だし長くなるのでここでは触れないことにします。

 

2018年に立ち向かうにあたって、年明け早々に起きたこの騒動であらためて考えたいのが「その熱い批判や激しい怒りにはどんな意味があるのか」ということ。当たり前すぎるほど当たり前の話ですが、いじめや差別や暴力はダメに決まっています。ただ、今回の騒動を熱く批判することが、いじめや差別や暴力をなくすことにつながるとは思えません。ネット上で誰かや何かが「これは叩いてもいい」と認定されると、よってたかって競うように批判や怒りが集中し、世の中を自分と意見が合う側と合わない側に分けようと躍起になります。まさに、いじめや差別や暴力の構図だと言えるでしょう。

 

そして三日もすれば、また次の攻撃対象が用意されます。いつも怒っているあなたは、1ヵ月前、いや1週間前に何が問題になっていて自分が何に怒っていたか、はたして思い出せるでしょうか。たぶん思い出せませんよね。しょせんは「その程度のこと」で、いちいち腹を立てて批判に精を出して、たいへんお疲れ様です。とくに、Twitterやニュースサイトのコメント欄に匿名で勇ましいことを書いて、ドヤ顔なさっているみなさま。

 

もちろん、おかしいと思うことを批判し、納得できないことに異を唱え、理不尽なことに対して怒りを示すことは、とても大切です。ただ、世の中や人生を少しでもよくすることにつながるのは、自分に関係することについての自分にしかできない戦いのみ。自分を困らせている相手に言うべき文句ひとつ言えないまま、ネット上で無責任な野次馬として「正義の石つぶて」を投げつけていても、世の中をどんどん窮屈にしたり自分の気持ちを殺伐とさせたりというマイナスの効果はあっても、プラスの効果はまったくないでしょう。

 

SNSを使っていると、批判したり怒ったりしてドヤ顔を決めたい誘惑にかられます。うっかりその種の快感に溺れないように、くれぐれも気を付けましょう。ネットというせっかくの便利なツールは、世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方やものの見方があるということを感じるために使いたいところ。「なんじゃそりゃ」と感じることはたくさんありますが、どう怒るかより、どう苦笑いするかを考えたほうが、ずっと健全で建設的です。なるべく楽しく心穏やかな2018年にしましょう。けっこう険しい道のりですが。

 

 

【今週の大人の教訓】

「批判したがる人」を批判するのも、結局は同じ穴の狢かも

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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