「懐かしさ」とは違う!? 小さな活版印刷機が売れている理由

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出典:「大人の科学マガジン」公式サイトより

ペーパーレスの時代が来ると言われて、ああ、これで面倒なプリントアウトから開放されるかと思ったけれど、いつまで経っても仕事で使う紙は減らない。今でも、請求書は紙に書いて印鑑を捺して、封筒に入れて切手を貼ってポストに投函だ。多分、文字や絵を定着させる媒体として「紙」くらい適したものはないのだろう。プリントアウトのことを、ハードコピーと呼ぶけれど、確かに、紙に印刷するのは、情報をモノにするという意味でも、とても「しっかりした」方法なのだろう。

 

そう考えれば、学研の「大人の科学マガジン 小さな活版印刷機」が売れているというのも分かる気がする。「印刷」という行為に段階があるとすれば、パソコンからのプリントアウトは、活版印刷に比べて何となくレベルが低いように感じてしまうのだ。いや、もちろん、そこに注ぎ込まれている技術の量は、パソコンのプリントの方が遥かに多いし、便利なのもパソコンのプリンタだ。だって、「小さな活版印刷機」では、カタカナも漢字も印字できないのだ。使える書体も1つだけ。同じ文字が2回以上出てくる場合は、版を分ける必要があるし、絵や写真の印刷も(できないことはないが)難しい。

 

 

■「モノ」としての価値が上になる?

 

しかし、面白いことに、実際に紙に印刷したものを見れば、小さな活版印刷機で刷ったひらがなとアルファベットだけの名刺の方が、「モノ」としての価値が上のように見えるのだ。その大きな原因は、文字が少し凹んでいることだろう。活版印刷は、その名の通り、活字にインクを付けて、それを紙に押し付けることで印刷する方法。だから、文字部分は少し凹んでいて、そこにインクが入っている感じになる。この立体感が、いかにも「印刷しました」感を強調する。パソコンのプリンタはインクジェットプリンタかレーザープリンタで、どちらも紙に凹凸がつかない。現在主流の印刷方式であるオフセット印刷も、版が直接紙に触れない印刷方式なので凹凸は付かない。活版印刷の、物理的に活字を紙に押し付けている状況が、そのまま印刷結果に反映するライブ感と、その結果得られる立体感というモノとしての価値が合わさることで、印刷物が、ただのハードコピーではない、オリジナルの「モノ」になるのだろう。

 

 

■懐かしさとは違う、活版印刷の魅力

 

活版印刷が懐かしいかと言われると、既に50歳を越えた私の子供の頃にも、既にあまり使われていなかったから、懐かしくはない。それで言うなら、ガリ板を使った、謄写印刷の方が懐かしいし、活版印刷に近いものでは、スタンプの方が身近だった。古い印刷物としては、浮世絵好きな私にとって、活版印刷よりも木版の方が馴染みがある。

 

そもそも、日本は、木版の技術が高すぎて、活版印刷を必要とせず、1445年頃にグーテンベルグが活版印刷を発明するより早く、13世紀には活字による印刷が伝わっていたというのに、あまり普及しなかった。もっと言えば、年代が確定している中で最も古い印刷物は日本に多数保存されている「百万塔陀羅尼」だ。しかも、この印刷物、金属の版を使った可能性もあるらしく、そうなら、既に活版印刷が存在したとも言えるのだ。

 

ところが、浮世絵や読本の流行で、漢字どころか、髪の毛の1本1本まで木版で印刷することができる日本の出版業界には、活字は不要だったらしい。オランダ語のアルファベットには活字を使っていたそうだが、それ以外は大体木を彫っていたのだ。それでいて、活字を使っているヨーロッパよりも出版点数は多かったというのだから、まあ、日本人は昔から印刷物が大好きだったのだ。

 

 

■“手間ひま”が印刷の面白さを生む

 

ただ、木版は職人の技術に依る部分が多すぎる。もしも、「大人の科学マガジン 木版セット」なんてものが発売されても、それで名刺を作れる人がどれだけいるだろう。その点、小さな活版印刷機なら、私のような不器用ものでも、1時間もあれば名刺を刷れてしまうのだ。つまり、木版から見れば活版印刷は、より素人でもできる印刷方法。しかし、現代の目で見れば、活版印刷もとんでもなく手間ひまがかかる印刷方法だし、その手間ひまが、パソコンのプリントアウトにはない、印刷の面白さを生む。

 

本はもう、紙である意味をほとんど失っているけれど、範囲を「印刷物」という風に広げると、まだまだ紙は面白いことに気がつく。手書きの温もりとか言う以前に、印刷物にしても、名刺は廃れる様子がないし、グリーティングカードは益々凝っている。活版印刷で名刺やカードを作ってくれるサービスだってある。厚みや凹凸を再現するために3Dプリンタを使うよりも、まだ活版印刷の方が手軽で速い。紙に対してリッチな情報を盛り込みたければ、印刷に凝るというのは十分有効な手立てなのだ。もう1000年以上も紙と印刷が大好きな日本人が、「小さな活版印刷機」に飛びつくのは当然のことなのだ。

 

 

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小物王

納富廉邦

フリーライター。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方などを得意とし、「おとなのOFF」「日経トレンディ」「MONOマガジン」「夕刊フジ」「ココカラ」などの雑誌をはじめ、書籍、ネットなど、さまざまな...

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