女性アイドルが多様化する時代、“引退”時期を決めるのは誰なのか? 30歳現役アイドルの思いとは

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一時のピークは過ぎた感があるとは言え、まだまだ磐石な人気を誇る女性アイドルシーン。ご当地アイドル、地下アイドルなども勃興し、もはやアイドルと名乗る女性の数は計り知れない。現代は間違いなく日本史上で最多のアイドルが存在する時代と言えるだろう。

 

人口が増えればそのシーンにはより多様なキャラクターが包容されるようになる。年齢もその一例だ。

 

1980年代まで、アイドルは20代前半までに引退するか本格歌手、女優などに転身するのが普通だった。山口百恵さんが引退したのは21歳。キャンディーズが解散したとき、メンバーの年齢は21~23歳だった。アイドルという呼称には“年端のいかない子供” “本格アーティストへの成長過程”という含みがあったのだ。

 

その後、結婚・出産を経てなお“ママドル”と呼ばれた松田聖子さんや24歳でモーニング娘。としてデビューした中澤裕子さんの登場で、アイドルの年齢層は広がりを見せた。そして現代では、30歳を過ぎても10代の頃と変わらぬスタンスで活動を続けるアイドルは、もはや珍しくない。プリンセスやすこさんというアイドルに至っては御年68歳。“同年代の女性を力づけたい”という想いを背負い、ライブ活動にいそしんでおられる。

 

当の本人たちは30歳の大台を超えてなおアイドルであり続けることをどう感じているのだろうか? 現在まさに30歳。「クリエイティブアイドル」として独自の地位を確立している“れなち”こと秋葉令奈さんにお話を訊いた。

 

彼女は年齢的にも活動の内容的にも、いわば「これまでのアイドル」と「これからのアイドル」の中間に位置する存在ではないだろうか。秋葉さんは、出身地の釧路と大阪を拠点に、作詞、映像・画像編集、イラスト、デザインから事務所経営まで多岐にわたってこなす。そのすべてを“アイドル活動”としてアピールし、既存のアイドル観を覆していく。インタビューの冒頭に「資産運用」という言葉が飛び出したことからも、彼女が自身を俯瞰し“アイドル”についても冷静にとらえていることがうかがえる。20代で感じていた不安、30歳になってよぎった“引退”の二文字、そして、アイドルを続けようと決心したきっかけについて、語ってくれた。

 

 

──先日、れなちさんのツイートを見て部外者ながらドキッとしました

 

――そう思った理由を教えてください

 

ここ最近、資産運用に興味を持ち、老後の資金について考えたことがきっかけです。何歳まで仕事ができるのかな、とふと思ったときに「ところでアイドルの女の子たちの定年は何歳だろう、一般的な仕事と同様に65歳なんだろうか(実際にはもっと若い年齢で卒業する方がほとんどですが……)」と疑問に思いました。しかし、クリエイターも芸能界の方も、とくに定年はないと聞きますのでアイドルにも定年はない、とも言えると思いますが。

 

──れなちさん自身、年齢を重ねることへの不安や抵抗はありますか?

 

20代の頃は不安でしたね。人脈も、お金も、実績も、知名度もない状態でゼロからのスタートだったので、アイドルとしては老いていく自分の体との戦いでした。スタッフには常に「こうしている間もアイドル秋葉令奈はどんどん年老いていくんだからね(だから早く仕事をこなしていこうね)」とプレッシャーをかけてきました(笑)。30代に突入した今は、ある程度の貯金と実績ができ、地元地域への貢献や、後継者の育成など次のステップに向けて動いているので20代よりも年齢を気にしなくなりました。

 

──アイドル自身の実感として年齢を重ねることへのメリット、デメリットを教えてください

 

年齢を重ねることで多くの経験ができて、人脈も広がり、歌の技術やクリエイティブな面での技術の向上もできました。それらが今後の活動の糧になっていくことを思うと、若くてピチピチな時代よりも活動がしやすくなりました。反面、若い世代の会話についていけなかったり、体力が落ちないようにするためにジムに通ったり、肌年齢をキープするためにフェイシャルエステに通ったりという出費が増えました。

 

──これまで年齢による引退やアイドル卒業を考えたことはありますか?

 

何度もあります(笑)。しかし年齢が直接の原因ではなく、他の要因が重なったことで引退を考えたことがあります。最初は、20歳のとき。大学の教員に「そろそろ、そういうの(アイドル活動)を辞めなよ」と言われたんです。そのときはそれが世間の声なんだと勘違いしていました。でも、自分がまだやりきっていないという気持ちが強く、それならば……と大学の卒業制作で最高の作品を作って辞めようと思いました。その後、大学時代の集大成となる作品が無事に完成しました。

 

ところが想像以上に「もっと見たい」という声を、メディアを含むたくさんの方からいただき活動を続けることを決めました。その2年後にはストーカーに遭ってアイドル活動が出来なくなり、一時は事務所をたたむことも考えましたが、もう一度1から作り上げていこうと決め、継続することができました。

 

そして30歳になった去年の5月、ここでも引退を考えました。当時、弊社事務所に所属していた女の子に、私やスタッフなどへの態度について諭したときに一種のジェネレーションギャップのようなものを感じたんですね。考え方の違いが大きくて私の手には負えないような気がしたんです。自分が身を引くことで彼女たちのやりたいことができるなら辞めるべきなのでは、という考えが浮かびました。

 

ただ、その時に私のことを応援してくれるファンの方から「いつもれなちの作品やパフォーマンスに元気や希望をもらっているんだ」というお話を聞き、私は辞めてはいけないんだ、と強く決心できました。

 

 

──昔に比べるとアイドルの年齢層はかなり広がっています。この現象について感じることはありますか?

 

テレビの世界で見ているだけだったものが、誰でもアイドルになれるようになったことで年齢層が多様化したのだと思いますが、これはとても良いことだと考えています。

 

私がアイドルに憧れた10代の頃は、オリジナル曲を作ることも、映像を作ることも、アイドルライブに出ることも難しかったので、誰もが自分の夢をかなえるためにチャレンジしやすい環境になったのは素晴らしいことだと思います。私の夢は自分がアイドルになって自分で映像作品を作ることでした。今の時代はスマートフォンで高画質の動画が撮れ、編集もできる時代ですので当時の私が知ったら驚くでしょうね。

 

──60才になったときのれなちさんのビジョンはありますか?

 

まず前提として60才になってもアイドル活動を続けるためには、今の私がその土台を作っていなければなりません。それは実績や技術だけではなく健康面も含めすべてにおいて日々向上する努力を惜しまないことです。それらを常に続けていくことができれば、30年後もきっと今と変わらずステージに立ち続けていることでしょう。「60歳です」と言ったら驚かれるような、年齢不詳の美魔女アイドルになりたいです。

 

***

 

誰でもアイドルになれる時代――それは、決して容姿の話ではない。美容技術の進歩も一因と言えるかもしれないが、実際は秋葉さんのように30歳を超えてなおアイドルでありつづけようとするような人々の努力と才能がこの時代を築いたのだろう。

 

そして、BABYMETALの例のように海外からも注目を集めるほどに大きくなった“アイドル文化”への関心の高まり、SNSによるコミュニティ形成の環境の成熟も、要因として挙げられる。

 

私たちの“アイドルの概念”は、いつのまにか変容させられていた。これまででは考えられない70歳近くのお歳を召されたアイドルにも、心から熱狂するファンがいる。アイドルに対する“年端のいかない子供”などというパブリックイメージは払拭された。引退の時期も本人が決めればいい、ましてや“定年退職”など誰からも課すことはできないのだ。

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シンガーソングライター/音楽評論家

中将タカノリ

シンガーソングライター、音楽評論家。2005年、加賀テツヤ(ザ・リンド&リンダース)の薦めで芸能活動をスタート。深い文学性と、歌謡曲、アメリカンポップスをフィーチャーした音楽性で独自の世界観を構築している...

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