【今週の大人センテンス】「あたしおかあさんだから」にムカついてしまう呪い

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巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第86回 寄ってたかって非難する醜悪さ

 

「そいつにとってのお母さんがこう、ってことを歌詞にしただけでしょ。そんなの十人十色。」by瓜田純士

 

【センテンスの生い立ち】

動画配信サイト「Hulu」の子ども向け番組「だい!だい!だいすけおにいさん!」で放送された「あたしおかあさんだから」という歌の歌詞に対して、ネット上などで「母親に呪いをかけている」「母親の自己犠牲を美化している」といった激しい批判が殺到した。作詞したのは絵本作家ののぶみ氏。騒動を受けて、5日と8日にはのぶみ氏が自身のTwitterで騒動について謝罪した。「Hulu」も、この歌が流れる場面を削除。この騒動について“キング・オブ・アウトロー”の異名を持つ瓜田純士氏は、「日刊サイゾー」の取材にこう語った。

 

【3つの大人ポイント】

  • 世の中の流れに便乗せず自分の頭で判断している
  • 興味がないことにはきっちりと距離を保っている
  • 寄ってたかって叩いている人たちを冷笑している

 

それにしてもすごい盛り上がり方でした。絵本作家ののぶみ氏が作詞した「あたしおかあさんだから」の歌詞は、たしかに「おいおい」という感情を呼び起こされます。古典的な価値観に基づいて、母親であることの自己肯定感や陶酔感をうたいあげた内容で、のぶみ氏の絵本同様、好き嫌いは分かれるでしょう。個人的には、ああいうお母さん像にはぜんぜん共感しません。のぶみ氏自身も、失礼ながら突っ込みどころの多いキャラクターです。

 

しかし、多くの人たちがあの手この手で叩きまくっている光景には、けっこうな違和感と「またかよ」という既視感を覚えました。騒動についていろんな方がいろんなことを言っていますが、もっとも共感したのは、この記事の瓜田純士氏のご意見。

 

“炎上絵本作家”のぶみが総長だった「池袋連合」って実在したの? 瓜田純士に聞いてみた!(2月7日「日刊サイゾー」)

 

のぶみ氏が「池袋連合という暴走族を束ねる総長だった」と自称していることに着目した編集部が、同じ時期に都内で不良活動を活発に行なっていた“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士氏に「池袋連合」について質問。瓜田氏は「池袋連合」については記憶にないと答えつつ、〈もしかしたら俺が勉強不足で知らないだけで、そういう活動を行ってる奴らが、どこかに実在したのかもしれない。〉と、大人な表現とスタンスで断定を避けました。

 

さらに、「わたしおかあさんだから」の歌詞が多くのママたちからバッシングされていることに話が及びますが、そこでも瓜田氏は編集部の予想や思惑に反して(?)冷静で大人な見解を述べます。

 

今ざっと読んだけど、そいつにとってのお母さんがこう、ってことを歌詞にしただけでしょ。そんなの十人十色。「何が正しいお母さんか」なんてことに、正解はないわけで。これを不特定多数が見たり聞いたりするところに投げ込んじゃったからたくさん反感を買ったみたいだけど、寄ってたかって叩くようなことでもないでしょ。個人的にはどうでもいい問題というか、まったく興味ないですね。

 

さすが大物の不良であり、筋金入りのアウトロー。世の中の空気を読んで尻馬に乗って批判するなんて安直なことはせず、自分で考えて判断なさっています。興味がないことには「興味がない」ときっちり距離を置いているところも、大きな大人ポイント。私たちは話題の事柄には、つい興味や問題意識を持っているふりをしてしまいます。そして間接的にですが、寄ってたかってドヤ顔で叩いている人たちに、大量の冷や水を浴びせてくれました。

 

そう、気に入らない歌詞だったとしても、寄ってたかって叩くようなことではありません。のぶみ氏のtwitterには騒動がやや落ち着いた今も、書き込みに対してたくさんの非難や嫌味のコメントが投げつけられています。すごいエネルギーです。気に入らないなら、ほおっておけばいいのに。「お母さんたちに『献身的な母親であれ』という呪いをかけている」という理屈は、まずムカついたという気持の盛り上がりがあって、バッシングに精を出す自分を正当化するために後付けで飛びついた体裁のいい口実ですよね。

 

「母親の現実がわかっていない」「母親のつらさを理解していない」という声が聞こえてきそうです。とても心外です。世の多くの母親が置かれている理不尽な状況、多くの父親や世の中の至らなさ、育児をめぐる諸問題など、いろいろあることは承知の上で、それでもなおこの歌を寄ってたかってバッシングする図式には眉をひそめずにはいられません。せっせと叩いたところで自分を含めて誰も幸せになれないし、世の中は良くはならないでしょう。

 

とはいえ、目を吊り上げてバッシングに精を出す行為はさておき、ムカつくことを否定したり呆れたりするつもりはありません。献身的で子ども命の母親像を美化されて、ムカつく人がたくさんいるのは当然です。ただ、だからといって歌を批判するのではなく、激しくムカついてしまう理由を考えてみたほうが建設的ではないでしょうか。戦う相手を間違っていたら、いつまでもいろんなことに腹を立て続ける羽目になります。

 

「呪い」という意味で本当に深刻なのは、べつに聞き流せばいいしそもそも見たこともない番組で流れている歌に含まれる呪いではなく、その手のことを言われると激しくムカついてしまう自分の中にある呪い。「(昔ながらの)良き母親」「(昔ながらの)良き妻」になっていないことに対して覚えている罪悪感や後ろめたさと言ってもいいでしょう。古い価値観の押しつけに頭では反発しているのに、「できない自分はダメな人間」と思ってしまう呪いから逃れられなくて、ムキになって反発している光景をしばしばお見受けいたします。

 

「(昔ながらの)かわいい女性」や「(親にとって都合がいい)良き娘」や「女性の価値は若さという前提」あたりも、なかなか根深い呪い。しばしば「差別的と見なされるCM」を炎上させているのも、このあたりの呪いが原動力と言っていいでしょう。もちろん男性も「(昔ながらの)良き父親」「(昔ながらの)男らしさ」「男性の価値は仕事をバリバリやってたくさん稼ぐことという前提」など、たくさんの厄介な呪いをかけられています。

 

「こっちのほうがたいへんだ」と、呪いの数や深刻さを比較しても仕方ありません。ムカつきや焦りの原因が、こだわる必要がない「呪い」にあることに気づいて、さっさと解き放たれてしまいましょう。気に入らないことを言われても「そういう考え方もある(そう言う人もいる)かもしれないけど、私は私でやっていきます」と胸を張っていれば、とくに問題はありません。呪いに振り回されて腹を立てたり誰かを非難したりするのは不毛だし、とっても疲れるし、ますます呪いを強くしてしまうだけです。

 

【今週の大人の教訓】

自分を縛っている呪いを直視することが呪いから解き放たれる第一歩

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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