なぜ公立で!? 深刻な制服の“経済格差”に疑問

人間関係

 

公立中学校の制服格差についての記事を見かけました。私立ではなく、なぜ公立で? それが、私の最初の疑問でした。

 

私は私立小学校に勤務しています。制服があり、制帽、ランドセル、体操着まで、基本的には指定なので、格差は生じません。とはいえ差が全くないわけではありません。ワイシャツやブラウスは、指定ではありませんから、指定の百貨店で購入するもよし、ネットで安いものを探して買うもよし。コートも色や柄についての指定だけなので、高価なものを好む方もいれば、普通でいいという方もいます。いや、着ない! という子もいます。

 

当然、

 

「小学生なのに、あの家は、こだわるわよね~」

 

というような噂話が保護者間で起こることもあるようです。が、友達と比べられてしまうために「リボンだけでもいいものを買ってほしい」という子どもの話を少なくとも私は、聞いたことがありません。結局、学校指定が多いので、差をつけられる要素が少ないのですね。

 

西日本新聞の記事によりますと、現在の制服制度は、昭和20年代という物資不足の時代に、子どもが服装で困ることのないよう、文部省が「標準的な服の導入」を提案したことが始まりなのだそうです。

 

しかし「標準服」であるために仕様に幅があり、業者が複数あるため、バリエーションが生じます。競争があることはいいとは思いますが、当初の目的から実態は離れていっているわけです。ある意味では、日本が豊かになったと喜ぶべきことかもしれませんが、教室で起こることは、そのような経済学的な問題ではありません。もっと日常的な、人間対人間の問題なのです。望ましいはずの競争原理が、家庭の経済格差を目に見える形で表してしまっているのですから、皮肉なものです。

 

上述の西日本新聞の記事によると、福岡県粕屋郡の公立中学校で採用している標準服の場合、すべて揃えた際の最安と最高の差は1万5000円以上。私の個人的な感覚としては、せめて、5000円程度におさめてほしいものです。

 

学校では制服に限らず、文房具など、様々な学用品を保護者の方々に用意していただきます。それらのものも積み重ねれば、相当な差になるでしょう。公的機関である学校ですから、取扱店を限定することは、不公平や癒着を生じさせるという懸念があるのかもしれません。確かに1社にしてしまえば、癒着だ、優遇だという不満が高まるのは、想像できます。

 

であるなら、入札という方法もあるのではないでしょうか。仕様・数量を指定して、業者を幅広く募り、最低価格を提示した業者とその年度は契約する。保護者には、一人当たりの費用を請求する。そういう方法もあるように思います。相当な数に上る物品をまとめて仕様書を作る作業は、結構な手間です。が、そんなに年によって変わるものでもありませんし、公平な競争が重要なら、現状は、入札以上のものはないのではないでしょうか。

 

そして、現場の教師としては、一人ひとり、持っているクレパスやノートが違ったり、制服のリボンの差などで人間関係のトラブルが起こったりすることの方が面倒です。

 

私の勤務する学校では、学校で一括して学用品の多くを購入するので、ほとんど差はつきません。そもそも、文房具なり、服なり、物にこだわることは、教育上、いいことは何もないと考えています。校則ではありませんが、1年生から6年生まで、キャラクター類の入った学用品は禁止で、黒鉛筆5本と赤鉛筆2本、消しゴムは直方体のもののみです。筆箱も、箱型・無地でお願いしています。

 

学校によって、地域によって文化が違いますから、難しい問題も多いと思いますが、学校における経済格差問題は無視できません。学校なり教育委員会なりが、積極的に関わることが重要なのではないかと思います。

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私立小学校校長

青木洋介

1976年生まれ、都内私立小学校校長。 2013年「むさしの学園小学校の母親を変える教室」出版。 低学年から高学年までの担任を経験する中で、子どもが安心して活躍するためには、まず、母親がイキイキしていることが大...

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