「ごめんなさい」は大事だけれど、言えばいいというものではない

人間関係

 

何か相手を傷つけたり、迷惑をかけたりすることをやってしまったなら、きちんと相手に、「ごめんなさい」と言うことは、間違いなく大事だけれど、そればかり求めると、ただ言うだけになってしまうのが気がかりです。

 

先日、飛行機に乗った時の話です。その日は、先行の便が急に欠航となり、私の乗った便に、振り替えて乗った方も多かったようです。というのも、飛行機に乗り込んで一息ついた頃、そういうアナウンスがあったから知ったわけなのですが、まさにそのアナウンスの時です。客室乗務員の方が、通路にきちんと並んで、ピタッとそろって頭を下げられました。

 

私はそれを見ていて、正直なところ、心はこもっていないな、と感じました。

 

嫌な感じはしませんでした。やらされているんだ、というようなにじみ出てくる怒りのようなものもありませんでした。作法に詳しくない私ですが、きっと失礼のない角度と動きで頭を下げたのだと思います。でも、心がこもっているようには見えなかったのです。

 

その時、「これって、学校で子どもが謝る時もそうだよな」と思いました。もちろん、きちんと相手に謝ること、ごめんなさいという言葉を発することは、大切です。しかし、特に低学年などは、ケンカが起きて、行ってみると、大人の姿を見るや、「ごめんね」という子もいるものです。

 

「あ~本当に悪いことをしたなあ~」

 

という気持ちを引き出すことは、なかなか簡単なことではありません。時間も心の労力もかかります。何かあるたびに、毎回、毎回、そんなに深いことを感じさせるのは無理があります。

が、「ごめんね」さえさせれば、終わり、ということではない、という意識を持ってくださるだけで、形式上の謝罪を超えることができるように思います。

 

子どもの視野が広がるのには時間がかかります。特に3年生以下では、大人が思うような「反省」をさせるのは、難しいように思います。あなたのした言動が、相手を傷つけることになったんだよ、嫌だったんだよ、ということを「教えてあげる」感覚が必要だと思います。そして、そういう時は、「ごめんなさい」という言葉を言おうね、という心持ちでいることが大切です。

 

「この子、こんなことして、自分から、ごめんねもしないなんて、ひどいわ」となる前に、「このタイミングで、教えておこう」と、とらえることが必要だと思っています。

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私立小学校校長

青木洋介

1976年生まれ、都内私立小学校校長。 2013年「むさしの学園小学校の母親を変える教室」出版。 低学年から高学年までの担任を経験する中で、子どもが安心して活躍するためには、まず、母親がイキイキしていることが大...

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