井原慶子が日産取締役!? レーシングドライバーの第二の人生はさまざまなようで…

車・交通

 

引退したプロ野球選手がコーチや監督に就任するのは、第2の人生としては王道だろう。テレビやラジオの解説者を務めるのもよくある話だ。レーシングドライバーも似たようなもので、チーム監督など運営側に回る例は多い。若手の育成に努めるケースもある。国内外と問わず、テレビで解説を務める例も多い。


では、一部上場企業の取締役はどうだろう。日産自動車は4月20日、社外取締役にレーシングドライバーの井原慶子氏を起用すると発表した。正式には6月末開催予定の定時株主総会での承認を経て選任されるが、選任されれば同社初の女性取締役となり、最年少(1973年7月生まれ)での就任となる。


井原氏はレースクイーンだったが、仕事で訪れたサーキットでレースに目覚め、レーシングドライバーになりたいと思った。思っただけではなく行動に移し、レーシングドライバーになった。レースを始めて2年目の2000年に単身イギリスに渡り、現地で活きのいい若者と一緒になって腕を磨き、コース上でのスキルだけなく、レーシングドライバーとして生きていくためのマネージメント術を学んだ。


イギリス・フォーミュラ・ルノー、フランスF3、フォーミュラBMWアジアシリーズ、イギリスF3とキャリアを積み重ね、入賞、表彰台、優勝の実績を残した。2012年にはWEC(FIA世界耐久選手権)のLMP2クラスで、女性ドライバーとして初めてレギュラーシートを獲得。2014年には、アジアン・ル・マン・シリーズで女性ドライバーとして初めて総合優勝を果たした。

 

日産は4月20日、元レーシングドライバーの井原慶子氏を社外取締役に起用すると発表。井原氏は、レースクイーン⇒レーシングドライバー⇒一部上場企業取締役という超異色経歴の持ち主となる


その一方、2013年にはF1やWECなどを統括するFIA(国際自動車連盟)でWomen in Motorsport評議会アジア代表評議員・ドライバーズ評議会女性代表委員に就任するなど、女性のモータースポーツへの進出を後押しする活動を続けている。2012年には内閣・国家戦略大臣より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」に選出され、表彰された。


こうした活動が評価されての、取締役就任だろう。井原氏が日産自動車でどのような舵取り(いや、ステアリングさばきか)をするのか、注目していきたい。

 

 

■ワイナリー経営が王道?

 

デイトナ24時間で総合優勝5回の最多勝記録を持つスコット・プルエットは、カリフォルニア州ナパバレーでワイナリーを経営


企業経営に携わる元レーシングドライバーとして真っ先に思い浮かぶのは(個人差があるのは重々承知です)、ニキ・ラウダだ。1974年、77年、84年のF1チャンピオンである。ラウダは現役F1ドライバー時代に「ラウダ航空」を創業し、出身国オーストリアのウイーン国際空港をハブに、主に観光客のための航空路線をアフリカやヨーロッパ、東南アジアなどへ運航していた。


ラウダ航空は2012年にオーストリア航空に譲渡。この年、ラウダは強豪メルセデスAMGペトロナス・モータースポーツのノンエグゼクティブチェアマンに就任した。レース中にテレビカメラがエグゼクティブディレクター(事実上のボス)のトト・ウルフを捉えると、必ず近くにラウダがいる。


F1の現場に戻ってきたのかと思いきや、ラウダは2018年にオーストリアの航空会社を買収。現在はラウダモーション(Laudamotion)の名称でビジネスジェットを中心に運航している。空のビジネスからは離れがたいらしい。


F1ドライバーのサイドビジネスとして思い浮かぶのは、ワイナリー経営だ。5月13日には息子のジュリアーノがF1スペインGPと併催だったGP3で優勝したが、その父、ジャン・アレジは故郷の仏アビニヨン近郊にぶどう畑を所有している。モナコGPウイナーのヤルノ・トゥルーリも現役当時から地元イタリアでワインの生産を手がけていた。


アメリカでもワイナリー経営に乗り出した例がある。デイトナ24時間で総合優勝5回の最多勝記録を持つスコット・プルエットだ。カリフォルニア州のナパバレーでワイナリーを経営。その名も「プルエット・ヴィンヤード」である。2018年のデイトナ24時間を最後に現役から退き、所属していたレクサスのアンバサダーを務めるかたわら、というか、本業(?)のワイン製造業に専念している。スピードに命を懸ける生活をしていると、自然を相手にした生活に心の安らぎを求めるようになるのだろうか。

 

 

■ミュージシャン(?)になった例も…

 

貴重なジャック・ビルヌーブのCD。2006年に自作曲を収録したシングルCDを発売。翌2007年にはアルバムをリリースした

変わり種(?)として思い出すのは、アメリカのCARTでチャンピオン(1995年)を獲ってF1に転向し、そこでもチャンピオン(1997年)になったカナダ人ドライバーのジャック・ビルヌーブである。2006年に自作曲を収録したシングルCDを発売。翌2007年にはアルバムをリリースした。

 

ジャック・ビルヌーブは「New Town」(仏語Villeneuveの英語訳)というレストランも経営


筆者は2006年のF1カナダGPを取材でモントリオールを訪れた際、帰り際にビルヌーブが経営するレストラン「New Town」(仏語Villeneuveの英語訳)で発売になったばかりのシングルCDを買った覚えがある(レストランの経営者でもあったわけだ)。F1デビューを果たした1996年にギターを買い、こつこつと曲作りに興じていたものの、そうこうするうちにスタジオを借りて録音してみたくなり、挙げ句の果てにアルバムを発売するに至ったそう。残念ながら、セールスは芳しくなかったようで……。


現役F1チャンピオンのサイドビジネスの例として、ファッションブランドを挙げておこう。2005年、2006年F1チャンピオンにしてインディ500とル・マン24時間の優勝も狙っているフェルナンド・アロンソは2017年、ファッションブランドのKimoaを立ち上げた。ハワイの言葉で「一緒に座って夕日を眺めよう」という意味だそう。

 

アロンソは2017年、ファッションブランドのKimoaを立ち上げた。車体やウエア、ヘルメットにKimoaのロゴが確認できる


Kimoaは 2018年から所属チームであるマクラーレンと複数年のオフィシャルパートナー契約を結んだ。つまり、ドライバー個人のブランドがチームのスポンサーになった格好である。最新型マクラーレンの車体やウエア、ヘルメットにKimoaのロゴが確認できる。さて、こちらのビジネスはうまくいくだろうか。
 

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モータリングライター&エディター

世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全...

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