A4・3枚の「反省文」、そしてトヨタお得意の「カイゼン」がル・マン優勝につながった

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トヨタが第86回ル・マン24時間レースで総合優勝を果たした。初めて挑戦したのは1985年だった。2012年からはハイブリッドシステムを搭載した車両で参戦を続け、通算20回目の挑戦で初優勝を手にした。しかも、ワン・ツー・フィニッシュである。


実は、2018年のル・マン24時間は存続の危機を乗り越えての参戦だった。絶対勝つつもりで臨んだ2017年は、投入した3台のうち2台がリタイヤし(いつもより1台多く投入したところに意気込みが表れている)、1台もトラブルによって大きく遅れ、総合9位に終わった。他車と接触したり、メカニカルトラブルが発生したりしたが、突き詰めて分析してみればすべてヒューマンエラーだった。


ライバルのポルシェもトラブルに見舞われたが、結果論で言えば、修復時間の短かったポルシェに軍配が上がった。2014年にル・マン24時間に復帰したポルシェは3連覇を達成し、歴代最多勝利数を「19」に伸ばした。


トヨタが存続の危機に見舞われたのはその後である。ポルシェが2017年シーズン限りでの撤退を表明したのだ。「また勝てなかった」のも痛かったが、ポルシェがいなくなるのも大きい。なぜなら、トヨタが参戦する最上位カテゴリーからライバルがいなくなってしまうからである。

 

 

■ライバルなき後に参戦した理由

 

GRスーパースポーツコンセプトのプロジェクトが、参戦継続の決め手となった

「ポルシェが去るという情報が入った際に、参戦を継続するかどうかを社内で議論しました。かなり悩みました」と、ル・マンを訪れたGAZOO Racing Companyの友山茂樹プレジデントは告白した。


参戦継続の決め手は、GRスーパースポーツコンセプトのプロジェクトが始まったばかりだったこと。この次世代のスーパースポーツカーはTOYOTA GAZOO Racingの頂点に位置するモデルとして開発が始まり、2018年1月の東京オートサロンで世界初公開。6月のル・マンではヨーロッパで初公開となった。


GRスーパースポーツコンセプトは、トヨタがル・マンに投入しているTS050ハイブリッドとほぼ同じ主要コンポーネントで構成されている。市販車をレベルアップしてスポーツカーを作るのではなく、現役のレーシングカーからスポーツカーを作るという、トヨタの新しいチャレンジだ。


その新しいチャレンジを始めたばかりなのに、ル・マンへの参戦をやめたのでは格好がつかない。「ハイブリッドのテクノロジーを育てて、高いレベルで(GRスーパースポーツコンセプトに)落とし込んでいく」目標を完遂するため、参戦継続という判断に至った。

 

2018年参戦するにあたり、トヨタは100ほどの考え得る限りの不測の事態を予測し、リストアップした


友山プレジデントは反省文も書いた。トヨタ自動車の豊田章男代表取締役社長に対してである。2017年の惨敗を受けて、反省文を書かないと参戦を中止させられそうな雰囲気だったからだ。


「速いクルマを作る技術はあったのですが、ル・マンで24時間を走らせられるオペレーションと信頼性が足りなかったと本当に反省しました。反省文はA4で3枚くらい。7号車で何があった、8号車で何があった。これからどうすると……」


具体的に何をしたかというと、トヨタお得意の「カイゼン」だった。トヨタは考え得る限りの不測の事態を予測し、リストアップした。カイゼンを任されたエンジニアは、「リストアップした数は5でもないし、1000でもない。100くらいかな」と説明した。

 

 

■ありとあらゆる事態を想定。“カイゼン”していった

 

中嶋一貴、F・アロンソ、S・ブエミが交代でドライブしたトヨタ8号車が優勝


想定される不具合をリストアップしたら、2つの方向で対策を打った。1つは、不具合が発生しないように対策すること。もう1つは、万が一不具合が起きてしまった場合は、解決に費やす労力を最小限に食い止めることだ。交換が認められているパーツについては、交換時間のスピードアップに取り組んだ。


テストではこれまで、距離を稼いで安心材料にしていたが、量より質を重視する内容に変更した。エンジニアやメカニック、ドライバーに対して秘密裏に、カイゼン担当者がトラブルの種を仕込んでおくのだ。テストで走行していると、予期せぬ(プログラムされた)不具合が発生する。それに対処することによって、不測の事態が発生した際の対応力を高めた。


中嶋一貴、F・アロンソ、S・ブエミが交代でドライブしたトヨタ8号車は、ほぼノートラブルで走り切り、トップでチェッカードフラッグを受けた。圧勝だった。小林可夢偉、M・コンウェイ、J・M・ロペス組の7号車は、小林が運転中、給油の指示が出ていたのにピット入り口を通り過ぎてしまい、燃料が足りなくなる恐れが出て意図的にスローダウン。この影響などで2周遅れになった(が、3位に10周の差があった)。

 

優勝したトヨタ8号車は、ほぼノートラブル。7号車はミスもあったが“カイゼン”によって事なきを得た


実は給油するタイミングでピット入口を通り過ぎてしまうミスは、リストアップしたカイゼンのシナリオに含まれていた。残ったわずかな燃料とバッテリーに蓄えられたエネルギーで13.626kmの長いコースを1周する訓練を行っていたのだ。「去年までのトヨタだったら、小さなほころびから破綻していたかもしれない」と、村田久武チーム代表は振り返った。


カイゼンが生きた格好である。歓喜に満ちた表彰台で村田代表は可夢偉に、「あれ、わざとか?」と聞いた。可夢偉は「わざとやる余裕なんかありませんよ」と答えた。
 

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モータリングライター&エディター

世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『トヨタ ル・マン...

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